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「はぁ、はぁっ……つ、着いた……」
父の実家に到着する頃には、ノゾミの息はすっかり上がっていた。
「ノゾ君、大丈夫ですか」
「まぁ、何とか」
家の前に長い上り坂があるのをすっかり忘れていて、それにほとんどの体力を削り取られてしまった。
帰りは駅まで母の車に乗せてもらおうと、心に決める。
「お父様のお家、立派ですね」
「ショウんとこ程じゃないけどな。土地は無駄にあるし」
何十年も昔からある平屋建ての家屋は、開け放たれた玄関に〝忌中〟と書かれた紙が貼ってある。それだけで辺り一帯の雰囲気を、すっかり重くて暗いものに変えてしまっていた。
全く別の場所に来てしまったようだが、幼い頃はよく弟と縁側で走り回ったものだ。
(そうだ、あいつも来てんだよな)
父と暮らしていた弟が来ないはずがない。そう思うと、余計に足を踏み出すのが嫌になってしまった。
「行かないんですか?」
「いや、行くよ。行くけど……」
本当は自分からではなくて、ここに立っているのを誰かに見つけてほしかった。
あと十メートルも歩けば着くのに、見えない壁がそそり立っているかのように足が竦んでいる。
(やっぱ、来ない方が良かったのかな)
今になって来たことを後悔していると、前方から馴染みのある声が聞こえた。
「ノゾミ? そんな所で何やってるの、早く中に入ったら?」
「え……」
そちらに視線を向けると、土間に降りてきた母が訝しげにノゾミを見つめていた。
「遅いから駅まで迎えに行こうと思ってたのよ」
「あー……ごめん」
結局駅から一時間近くかかってしまい、予定の時刻をかなり過ぎていたのだ。
母に招かれて玄関をくぐると、ひとまず客間に荷物を置いて家の奥へと向かう。ミコトもちゃんと後から付いてきてくれた。
「お父さん、そこの部屋にいるから」
「ん……」
母に示された部屋の襖に手をかける。
一度だけ深呼吸をしてみたが、心の準備は要らなかった。
そこに居るのが誰だか分かっているし、もう縁もゆかりも無い人だ。
一つの亡骸があるだけ。
――の、はずだった。
「……チッ」
襖を開けて、その存在に気付くや否や。ノゾミは忌々しげに舌打ちをしていた。
「悪い。ミコトはやっぱり、向こうに行っててくれ」
「ぁ、はい……」
小声で告げるとミコトはそこから一歩退く。事態を把握したようだったが、ノゾミの気迫に圧倒されたようにも見えた。
中に入って、少し乱暴に襖を閉める。
その音に反応したのは、部屋の隅でうずくまっていた小柄な少年。
「――――ノゾ兄……?」
「久し振りだな――――キオ」




