4-2-1 因縁
二人はそれぞれ反対方向に歩き出す。
思えば、ミコトと別々に行動するのは久し振りだ。それこそ入院中に彼女を追い出してしまった時が最後だった。
いつも隣にいた存在が感じられなくなってしまい、予想以上にそわそわしている自分がそこにいた。気にしないようにしても、それが余計に胸をざわつかせて。
(……行くか)
ノゾミはバスに乗るべく、停留所がある駅まで向かった。
「ノゾミ君、じっとしててねー」
「は、はい……」
看護師が握るギプスカッターに内心びくびくしながら、その動きを見守る。
レントゲン写真を撮った結果、もうギプスを外せるとのことだったので今に至るのだが、その甲高い音にはどうしても慣れなかった。
というのも、骨折をしたのはこれが初めてではないからだ。
小学六年生の頃、父に蹴られて右足を骨折した。それがきっかけで母に父の行為が知られてしまったが、お陰でその暴力から逃れられたのだから結果としては良かったのかもしれない。
そんなことを思い出していると、いつの間にかカッターがギプスに押し当てられていた。
肌は切れないから大丈夫と言われたし、それも過去の経験からも承知していた。だが刃がギプスに当たると、まるで木を切っているかのような音がするのだ。いくら自分を安心させようとしても、緊張してしまうのはどうしようもない。
ギプスカッターの細かい振動と、摩擦によって生じる熱を肌で感じながら、ノゾミは全身を強張らせる。なぜかあの殺人鬼が女性の腕をもぎ取るところを回顧してしまったのには、気付かない振りをしていた。
「はーい。終わりましたよ」
看護師の柔らかい声が聞こえてきて、ノゾミはようやく肩の力を抜いた。綺麗に真っ二つになったギプスが、ノゾミの腕から外される。
記念に持って帰る? と医者に尋ねられたが、すぐに断った。向こうは本気なのか冗談なのか分からなかったが、そうだよねえ、と笑った後でパソコンの画面に向き直る。
「肋骨の方も良くなってるね。あとギプスは外れたけど、調子に乗らないこと」
前回のこともあって、またノゾミの容態が悪化することを心配しているのだろう。釘を刺されて居心地が悪くなるが、ここは大人しく返事をしておく。
「もう学習しましたから、大丈夫です」
大人の前で猫を被るのが得意なのかもしれないと、この時初めて気が付いた。




