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(そうだよな。命に重いも軽も無いんだよな。誰が死んだって同じくらい哀しいに決まってる)
こんな当たり前のことに、ようやく気付かされた。
ミコトを構成しているのはこの世界中の命だ。一見分からないが、日々多くの命が生まれては消えていく中で、ミコトの体も人間が代謝をするように、少しずつ入れ替わっている。それは、人が死ねば彼女の体の一端が喪われることを意味していた。だが新しい命が生まれれば、その損失はまるで無かったかのように修復される。それは今この瞬間も続いていて、ミコトには絶えず命が流れているのだ。
(ミコトとずっと一緒に居たくせに、気付くのが遅すぎたかな)
自分のことばかり考えていたせいで、命に対する認識が薄れてしまっていたらしい。
今日殺人鬼によって喪われた命も皆、ミコトの体を離れてどこかに逝ってしまった。
そう思った途端、腹の底から怒りのような、苛々とした感情が湧き上がってきた。
(何だこれ、もやもやして気持ち悪い……)
そういった心地に不慣れなノゾミは、耐えきれずに胸を押えつける。それでも治まらないこの気持ちをどう処理したら良いか分からなくて、ミコトに助けを求めた。
「なぁ、ミコト」
ノゾミも立ち上がって窓の傍まで行くと、ミコトの白く小さな手の上に自らのそれを重ねた。ガラスに二人の顔が映り、その中で視線がかち合う。
「俺やっと分かったよ。命は大事なんだ。だから、俺多分あいつに怒ってる」
マンションとはいえ三階では、決して高さがあるとは言えない。街を見下ろすのも満足に出来ないが、二人には十分だった。
「でも俺は死にたい。これって、我が儘なのかな」
窓ガラスの上で、少しだけノゾミの手に力が籠もる。
「誰がノゾ君を我が儘だと言っても、僕は否定しません」
「俺は父さんに要らない子だって言われた。その時から、俺の居場所はどこなんだろうって思ってたんだ。それはなかなか見つからなくて、生きることも嫌になった」
ミコトはノゾミの話を静かに聞いてくれる。それがさらにノゾミの気を楽にした。
「まだ生きる意味は見つかってない。今まで頑張ってあいつを追ってたのも、全部死ぬためなんだ」
「ではノゾ君は、死ぬために生きていたってことですね」
「え……」
ノゾミの手の下からミコトのそれがするりと抜けて、ガラスの冷たい感触が直に伝わってくる。無意識にミコトの手を追いかけようとしていたら、ノゾミと窓の間でミコトが体を反転させた。
「死ぬことを目的にノゾ君が生きていけるのなら、僕はノゾ君を死なない体質にして正解だったかもしれませんね」
「――――!」
それはミコトの言葉がノゾミの細胞の、隙間という隙間全てに染み入ってくるような感覚だった。
今まで穴が空いていたものが塞がれて、新たに満たされていく。それを全身で感じていた。
「そうか……お前が、俺の生きる理由になってたんだな」




