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それに対して声をあげたのはミコトの方だった。
「な、ならどうして僕が見えるんですか!?」
「何それ。そんなの、自分が一番よく分かってるんじゃないの」
彼は少し不機嫌そうに言う。まるで、構ってもらえなくて拗ねてしまった子供の様に。
「どういうことだミコト。あいつを知ってるのか」
「知りません。あんな酷いことをする人、僕は……」
確かに、あんな非人道的な行為を悪びれもせずにしてしまう様な者とミコトが関係を持っているとは考えにくい。しかしミコトの態度に、彼は少し苛ついた様子だった。
「ねぇ。それ本気で言ってる?」
「本気も何も、僕は貴方のことは知りません」
「……あっそ」
投げやりに言うと、二人を冷ややかな視線で見下ろしてくる。フードで目元は隠れていたが、きっとそんな目つきだ。
「もういいや。がっかりだよ」
彼が何に対して失望しているのかは汲み取れなかったが、ノゾミはその言葉の裏に重要なことが秘められている気がしてならなかった。まるでこちら側に非があるような物言いだったからだ。
「こないだはさ、君に彼女の気配を感じたから様子を見ようと思ってたんだ」
それは先日、ノゾミが図書館まで出かけた時のことを言っている。忘れもしない、あの日のこと。
「でもさ、君死なないんでしょう? そういう人ほど殺してみたいって、僕が言うから」
胸にそっと手を当て、まるで手のかかる子供を宥めるみたいに言う姿は、とても先程まで大勢の人を殺していた者と同一人物だとは思えなかった。
「何でお前に、俺が死なないって分かるんだ」
「さぁ。彼女に聞いてみたら」
ノゾミはミコトに目で訴えるが、本人は首を小さく横に振るばかりだ。ミコトを疑っている訳ではないが、果たしてどちらが正しいものかと迷ってしまう。
「ほんとに知らないんだ? あの時は君が急に彼に飛び込んできて驚いたけど、逃げる必要なんて無かったね。僕のこと覚えてないのなら」
ノゾミ越しにミコトにそう告げると、彼は踵を返して去ろうとする。
「おい、待てよ! お前は一体何者で、俺達の何を知ってるっていうんだ」
それを引き留め、散々ノゾミ達に不可解な言葉をぶつけた張本人を問いただす。
だが彼は、ひょいと片を竦めるだけだった。
「さあね。自分達で探ってごらんよ。その方が面白いだろ」
「っ……」
結局その足を止めさせることはできず、ノゾミは曲がり角に消えていく彼の後ろ姿を目で追うだけで。それが見えなくなっても尚、透明な影を見つめていた。
もはやミコトに対する怒りなどどこかに吹き飛んでしまったノゾミを覚醒させたのは、遠くから聞こえてきたサイレンの音だった。それにハッとして大通りに飛び出すと、まず視界に入ってきたのは彼に腕を持って行かれた女性の亡骸。
そして直線的に伸びる歩道の上は、彼が辿った軌跡を示すように、いくつもの血溜まりで彩られていた。




