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※残酷描写を含みます。
ドサっとくずおれた女性の横に立つ男を、ノゾミは怖いもの見たさで覗き込む。
すると彼は先程とは打って変わって、穏やかな口調で呟いた。
「貴方の肉、凄く美味しそう。ちょっともらっていこうかな」
(もらうって、何をだ? それに、美味しそうって……)
ノゾミは彼の言葉を理解できなかったが、程なくしてその意味を頭に押し込まれる。
彼が地面に膝をつき、彼女の肘の裏に鋭いナイフを突き立てたのだ。
(おい、まさか――)
そのまさかが、当たってしまう。
ナイフが勢いよく刺さると、女性は鈍い呻き声を上げた。まだ息があったのだ。それでも構わずに、彼はナイフを慣れた手つきで動かし続ける。ナイフと骨が擦れる不気味な音がノゾミの耳にも届いてきた。
肘の周囲の皮膚と筋肉を断ち切った後、残った筋や筋繊維を振りほどくように、彼女の腕を引きちぎる。 もう女性は何の反応も示さなかった。
「あぁ、やっぱり。柔らかくて美味しそう」
恍惚とした様子で切断された腕を眺めるその姿を、ノゾミは呆然と見つめていた。
「ほら、今日のは良い収獲だと思わない?」
唐突に彼が誰かに問いかける。ノゾミは盗み見ているのを悟られてしまったのかと思い肝を冷やしたが、どうやらその対象は他のところに居たらしい。
彼のより少しだけ低めの声が返ってくる。
「ンなこと僕の知ったこっちゃねェよ」
「そんなこと言わないでよ。たまには僕の意見も聞きたいんだ」
そこでは二人が言葉を交わしていた。
相手はどこにもいないのに。
(誰と喋ってるんだ?)
ノゾミは辺りを見回したが、やはり人の気配はない。いくつもの屍が転がっているだけだ。
「僕は好きだなぁ。こういう色白で、程よく肉が付いているの」
「僕は殺せればそれでいいけどな」
続く会話を聞き入れて、ノゾミはようやく気が付いた。
(あいつ、自分と話してる)
そう、彼は誰でもない、自分自身に語りかけているのだ。それも、全くの別人とそうするかのように。
「僕は殺すことにしか興味ねェ。喰うのは僕なんだから、好きにすれば良いだろ」
「つれないなぁ」
残念そうな呟きを残して、男はすっと立ち上がる。そしてローブの下からビニール袋を取り出すと、手にしていた腕をその中へ無造作に放り込んだ。
ガサッと無機質な音をたてた袋は、再び彼の懐へと戻される。
「さて、と。今日はもういいかな」
一仕事終えた、とでも言う風に仕切り直すと、彼は女性に背を向けて歩き出す。その足はノゾミの方に向かっていた。