謎の女性
女性をパッと見た感じ、俺はゲームなんかに出てくる魔法使い系のキャラを連想した。
衣服は前に立って戦うような鎧などではなく、単なる衣服。上下に分かれているタイプで、両方とも白をメインにした飾りっ気のないシンプルな物。上着は長袖で唯一白い手先が見え、下はスカートになっており足先は革製の靴とこれまた白い靴下で覆われている。
髪は赤色で、肩に掛かるくらいの長さ。瞳の色までは目を閉じているため見えないけど……顔立ちは、整っている。うん、前世なら美少女と誰もが言うような容姿。物語なんかの登場人物の中で、メインを張る女性は大抵美人だったわけだけど、俺もまたその法則にとらわれているのだろうか。
他に目立つ物として、彼女の倒れる傍らに荷物を入れるザックが置かれている。上の部分を紐でとじるタイプのやつで、中身などが散乱しているわけでもない。
で、ピクリとも動かない様子を見て、死んでいるのかとドキドキしたが……よくよく見ると胸の辺りが小さく上下しているので、眠っているだけだと安堵する。
しかし、どういう経緯でここに彼女はいるのだろう? なおかつ見た目からして魔物は彼女に何かしたという様子もなさそうだし。
いや、騎士が人間を見つけたのはそれほど前じゃなくて、対応しようとしていた矢先に俺と遭遇したとか? それなら一応つじつまが……結局この女性が何でこんな場所で眠っているか、という疑問は解消されないな。
「……とりあえず、連れて帰るか」
地底湖まで戻って事情を訊けばいいだろう。ただ俺が魔族であることを考えると、話を聞いてもらえる可能性は微妙だけど……まあいい。とりあえず起こそう。
「おーい、起きてくれー」
近づいて軽く肩を揺らして呼び掛けてみるが、反応無し。ずいぶんと眠りが深いな。
どうしようかと悩んでいると……突如後方からコツコツという音が聞こえてきた。それにより俺は一瞬固まる……え、魔物?
振り返る。扉に変化はない……のだが、俺はなんとなく察した。
あれか、騎士は人間をどうにかしておけと魔物か何かに命令し、そいつらがここにやってきたとか、そういうことなのか。
俺はもう一度女性を見る。起きる気配はない。無理矢理起こして移動させるにしても……大量の魔物がいたら騒ぎ出すなんて可能性もあるし、面倒じゃないか?
なおかつ、俺と魔物の姿を見たら……うん、間違いなく敵扱いだな。話を聞いてもらうなんて夢のまた夢だ。
ひとまず魔物がいない場所まで運ぶか、倒すしかない……そう結論を出した時、扉が開いた――現れたのはスケルトン。
魔物は部屋、というか俺と女性に顔を向ける。そもそも骨だけで見えているのか?
その後方にも、同じようなスケルトンがうようよと……うん、心底まずいな。
挨拶でもして敵じゃないよアピールでもしようかと思ったんだけど、それより先にスケルトンが体を揺らした。ん、どういう感情表現だ?
すると、カタカタと他の個体も同じような反応する……おお、すごく嫌な予感がするぞ。
たぶんこの次に起こることは、俺達へ向かってくる、だな。女性だけでなく俺がいるから、スケルトンは警戒している――
そこまで考えた時、スケルトン達が真っ直ぐ向かってくる……! はい、来ました!
即座にビームを撃って対抗! 当然俺の絶対的な攻撃によって、扉の近くにいたスケルトン達は跡形も無く消え去った。
よし……と思っていたのだが、通路奥からさらにスケルトンらしき白いヤツが。
「……引き上げるしかなさそうだなあ」
うん、これはどうしようもない。ここで女性が起きるのを待っていたら、ひたすらスケルトンを相手にし続けなければなさそう。
最悪さっきの騎士みたいなヤツが……よし、速攻逃げよう!
はっきり決断し、俺は女性を抱えて逃げることにする。身体強化を施しつつ、ちょっと乱暴だけど女性を左肩で担ぎ、左手でザックを持った。
よし、離脱だ……近づくスケルトンに対し、問答無用でビームを放つ。ふっ、他愛もない。
なんだかんだでビーム撃ってたらどうにかなるから調子乗ってきたかな……いかんいかん。この迷宮にどんな敵が潜んでいるのかわからないんだ。とにかく気を緩めるのはまずい。
気を取り直し全力で敵を倒しまくる……結果、目に見えるスケルトンを徹底的に消し飛ばし、俺は最初のフロアに戻ることに成功したのだった。
「……はあ、さっさと目覚めてくれよ」
場所は変わって地底湖。そこに女性を仰向けに寝かせ、目覚めるのを待つことにする。
無理矢理起こせばいいじゃんと最初は思ったのだが、すうすう眠っている人を起こすのが気が引ける……というか、無理矢理起こして反発されても困ると思ったからだ。
他にも、女性だと思うとなんだか遠慮する……まあ色々理由あるけど、一言で言えば俺がヘタレだからだ。ここまで担いできたのに今更何を言うという意見はもっともである。しかし、落ち着いた状況になり改めて考えると、なんだか起こすのが躊躇われたのだ。
それに、少し様子をみようと思った。幸いあのフロアに敵はいるけど、ここまで来たのはいない。逃げ道がないのでここに魔物が襲来したら非常にまずいけど……魔物達は何かの準備をしているので、ほとぼりが冷めればそっちに意識が移るかも……そういう期待と共に、俺はここで待機することにした。
しかし、やることもなくただこの場にいるというのはなんだかしんどいな……そういえば、今何時ぐらいなんだろう?
そんなことを考えていた時、
「……ん」
声を上げる女性。お、目覚めたか。
ゆっくりと目が開く。しばらく見守っていると、首をこっちを向いた。
目が合う。黒い瞳がこちらを射抜き――緊張の一瞬である。
「……えっと」
どう話し掛けようか……こういう時、俺の会話力のなさが悔やまれる。
というより、現時点で気付いた。俺にコミュニケーションスキルなんてほとんど皆無だぞ。いや、そりゃあ学校で知り合いと話をするくらいのことはしたけど、初対面の人に対し、こちらに敵意がないことなんかを伝えるのって、どうやればいいんだ?
ま、まずいぞ。沈黙していると女性はしばしこちらに視線を送った後、上体を起こした。
そして周囲を見回す。まだ寝ぼけているのか動作はずいぶんと緩慢……状況、わかっていないのか?
で、俺を見ても大した反応がない……なおも沈黙していると、女性は小首を傾げ、
「……あなたは?」
人の気持ちを穏やかにさせるような声だった。
「あ、えっと……」
返答しようとして……ここで致命的な事実に気付く。そうだ、俺、名前ないじゃん。
前世の名前を言えば――と最初考えたけど、なんだかものすごく違和感がある。こ、これはどうすればいい?
かといって今の見た目に合うような名前を咄嗟に思い浮かぶなんて……と考えていると、女性の頭に「?」マークが浮かび上がった。
と、とりあえず何か話さないと……なんだか全身に力が入りながら、俺は口を開いた。