全身全霊
さて、目の前の敵――外観的に騎士っぽいから騎士にしておこう。それが真っ直ぐ突っ込んでくるわけで、対する俺の選択肢は一つしかなかった。
すなわち、ビームだ!
右手から青い光を放出する。さっきとは違う全力だ! これで相手は死ぬ!
と、思ったらなんと敵さん、軌道を読んで横に避けた――って、うおおっ!?
「同じ技が通用すると思うな!」
マジかよ! 俺はビームを中断して後ろに下がる。相手の速度はさっきと同じくらいだけど、気合い入れればどうやらその速度にも対応できる!
「無駄だ!」
が、騎士様はさらに速度を上げて突っ込んでくる! や、やばい! これは接近戦でどうにかしないとまずい!
ゼロ距離でビームを撃って……と考えたけど、もし手の内がバレていて攻撃するタイミングすら把握していたら? そう考えると迂闊に撃てない。
なら、他には……ええい! 考えている暇がない! とにかく全身に力を入れて……フルパワーだ!
俺はそれこそ、よく漫画とかにあるオーラを発する主人公とかを想像する――目の前の相手を一気に叩きつぶすだけのパワーを引き出せ!
すると、体にまず高揚感が生まれた。次いで全身の血液が沸騰したかのように体が熱を持つ。
そして全身が魔力的な力に覆われ――次の瞬間、相手の目が驚愕に染まった。
「なっ……!?」
動揺した相手。どうやらこの力は敵にとっても規格外らしい。
なら、このまま押し通る! 俺は足を前に出し、相手へ肉薄する。
騎士も負けじと剣を振るう。俺はそれをまずガードしてみる……これで腕なんか斬られたら終わりだけど、なぜか大丈夫だという確信があった。
剣が腕に触れる。が、硬い物にでも当たったかのように、剣はあっさりと弾かれる。
「ぐ……!?」
呻く相手。このまま一気に決める!
俺は全力で右拳を振りかぶった。腕に、さっきのような風がまとうようなイメージを乗せて、容赦なくぶっとばす!
渾身の右ストレートが相手の腹部に炸裂する。すると、まるで爆弾でも食らったように大穴が開き、それがどんどん拡大して体が崩れ始める。
「が――」
声、みたいなものが聞こえた。けれどそれすら発し終えることもなく……敵は吹き飛びながら体が消滅していった。
……勝った。
「……あー」
緊張が解けると、ずっしり肩に疲労感みたいなものがのしかかる。とりあえず倒した。けど、ああいう敵はたぶんこの迷宮の魔王的な何かの部下、というか幹部のような気がしないでもない。
いや、俺がどうにかこうにか倒せるレベルだから、魔王のその部下のさらに部下のそのまた部下くらいかもしれない。ともあれ会話ができるような敵を倒してしまったのだ。今度こそ言い逃れはできなくなったと考えていいだろう。
「……よし」
とりあえず戻ろう! スタート地点が安全かどうかもわからないけど!
脱兎のごとく引き返す……その最中、敵と出会うことはとりあえずなかった。
地底湖まで戻り、俺は先ほどの戦いを思い返す。
「えっと、そんなに疲れてはいないな」
とはいえビームを撃った時よりも発動直後は体が重くなった。ちょっとくらい負担が掛かっているのは間違いなさそうだ。
で、さっきのやつをもう一度やろうとしたんだけど……上手くできない。うーん、あの時は必死だったからかな? やるにしても何かしら条件が必要なのかもしれない。
ただ、騎士の動きについていけた事実を踏まえると……少し体の力の入れ方を変えると、動きが速くなった。身体能力を向上できるらしい。うん、基礎的な能力が人並みだから、これを利用して行動しよう。
また、戦闘中明らかに景色がスローモーションになったりと、普段と比べずいぶんと感覚が違う。元々この体に備わっている機能なのか、それとも死が迫るとそういう風になる能力なのか……どちらにせよ、通常時と戦闘時で俺にできることが違う、といった感じだな。
結論がまとまったので、騎士と戦う前の会話を考察する。確か部下らしき存在との会話で準備だとか言っていた。どうやらこの迷宮では何かが起こっているらしい。
なおかつ人間もどこかに捕らわれている……俺は今魔族だし放置してもいいんじゃないかと一瞬考えたけど、それで死なれたら気分がなんとなく悪い。
「……探してみるか」
準備とやらに関係しているのだとしたら、その辺りについて情報が得られるかもしれない……そういう下心も込めて、人間を助けることにした。
地底湖のフロアから移動し、またも三つに分かれる通路へ。なんだかもう見慣れた光景になってしまったな。
「でも、問題はどこにいるかだよな」
このフロアにいるのか? 大体、救いに来たと敵は言っていたわけだし、どこかに捕らえているってことだよな?
もしその人間を助けるとしたら、敵の群れに飛び込む必要が出てくるのでは……やっぱりやめておこうかと一瞬考えたけど、とりあえずこのフロアを調べるという意味も込め、動き回ることに。
しばし歩き……ミノタウロスとか、スケルトンとは遭遇することなく……俺はやがてさっきの敵が来たと思しき階段を発見した。
「やっと上り階段か……」
念願の上へと進む道。とはいえ道はこれだけじゃないかもしれない。
辺りを見回してみるが、さっき戦った敵に報告をしていた魔物もいない。準備と言っていたから、それをしに向かったと考えるのが妥当かな。
「なら……」
とりあえずこのフロアから調べよう。そう決意して俺は通路を進む。変な黒い球体についても警戒した方がいいかな。
よって、足音を殺し細心の注意を払いながら進む……歩み続ける間に、俺はこの迷宮で何が起こっているのかを考えてみる。
騎士の部下は隊が消えたと報告し、準備をしろと言い渡されてこのフロアを離れた。ということは、俺を倒そうとすることと準備している何かは無関係。俺の存在はあくまで例外なもの、と解釈していいだろうな。
迷宮内で別に騒動があるってことなのか……そういう騒動の渦中に俺はこうして転生したのか。
「俺を転生させた誰かさんは、その騒動に参加させたかったのかな?」
呟いてみたけど、結局答えは出ない。うん、やっぱり情報が少なすぎる。
少しすると、突き当たりに扉を発見。近づき扉に対し聞き耳を立ててみたりするが、中から何も聞こえない。
後方を確認。魔物の姿はなし。
「……よし」
一つ呟いてドアノブに手を掛ける。鍵は掛かっていない。さあ、中はどうなっている――
緊張の一瞬。もし魔物がいるなら即ビームで始末してやろうと考えていた。
扉をゆっくりと開け、のぞき見るように中を確認し……結果、そこがどうやら小部屋みたいな場所だとわかる。次いで気付いたことは、
「……あ」
床に、倒れる人を発見。
「いきなり当たりかよ……」
運がいいのか、それとも――俺は部屋に入り扉を閉める。俺が最初にいたような小さな小部屋で、明かりがあること以外は何もない。
天井もそんなに高くないし、石畳の床もこれまで見たものと同じ……で、俺は倒れる人間に注目する。
人間――それも、女性だった。