漆黒の存在
もしや、新たな敵……? 足を止め音を聞き入る。どうやら今進んでいる道の先からだ。
カツ、と一つ音を立て何者かが立ち止まる。すると別所から何やら足音が聞こえ、
「……状況はどうなっている?」
威圧的な声が聞こえた――それより会話聞き取れるんだな、俺。
「はっ! 七割ほど準備完了しております!」
「残る準備を急げ。そして問題が発生したとのことだが」
「複数の隊が消えまして……」
あ、俺のせいだな。
「一隊が消失したようで、別の隊がフロアの偵察を行っていたところ、それもまた消えました」
「……なぜなのかは想像できる。実は少し前、別に報告が届いてな。その確認のために私が赴いた」
「では――」
「ああ、ここは私に任せ準備を進めろ」
「了解しました」
片方が階段を上がっていく音……さっきの会話だけど、別の報告とは俺が出現したことかな? そして準備……何かやろうとしているのか?
得られた情報は少ないが、どうやら俺の存在は認識されている模様。こうなったら見つからないよう穏便に動くしかない。
そしてもう一つ貴重な情報。さっきの会話の中で上司らしき存在が階段から来た。ということは、この通路を進めば階段にぶち当たるということだ。
階段から来た相手はこのフロアにいる様子。ならば見つからないように、一度退散するか?
そう思い、歩こうとする……が、この階に残った存在が移動を始めてカツカツという足音が聞こえた。革靴ではなく、もっと硬質な……金属かな? 具足でも身につけているのかもしれない。
しかも、なんだか近づいている気がする……まずい、ここは一度隠れよう……と思ったけど、周囲にそれらしい場所がないぞ。
身を隠せないなら相手よりも速く走って逃げるしかない。しかし足音でバレるんじゃないか?
だけどこのまま突っ立っていたら確実に見つかる。とにかく足を動かさないと。
俺は一歩、足を後ろに出して後退しようとした――が、カツン、と音がした。
何事、と思ってみたら、かかとで床に落ちていた石を蹴り飛ばしていた。あ、やってしまった。
その直後、規則正しかった相手の靴音が突如止まり、ダン! と踏み切るような音がした。まずい、こっちに来る!
逃げようとしたが全てが遅かった。真正面から俺は気配を感じ取ることができ、相手は凄まじいスピードで向かってくるのがわかる。
これは絶対逃げられない――と思った矢先、通路に相手が見えた。俺と同じように全身を漆黒で固めているが、あっちは全身鎧。頭部もかぶとか何かで覆われていて、目の部分から青い光が見えた。
また右手には同じように黒々しい……長剣。ついでに言うと、明らかに殺気立っている……交渉の余地はないか。まあそりゃそうだよね。
こっちがどうしようか考えた矢先、相手は――跳んだ。それがまた凄まじい速度。一瞬で間合いを詰めてきて――
最初に出会った虎の時のように、死の恐怖が俺の体を襲う。けれど同時に、時間の進みが遅くなったような気がして……さらに、相手の動きを理解することができた。
少しずつ、スローモーションのように迫り来る相手。右手に握る剣で俺の首でも斬ろうとしているのがわかったため、逃げるため足に力を入れた。
体は俺の命令に応じてすんなりと動く。次の瞬間、相手は横一閃に剣を決めたけど、どうにか引き下がって回避した! おし!
心の中で掛け声を上げたが、まだ終わっていない。俺の動きに追随して剣がさらに迫る!
相手もこちらの反応速度が想定を上回っていたからか、さらに速度が増した。このままだと食らってしまう……! と、その時俺の左手が勝手に動いた。
俺の体にある記憶なのか……左手に力を込め、力を引き出す。ビームを撃つときのように相当な力が生じ、相手の剣をそれで――受けた!
ガキン、と弾かれる剣。服くらいは斬られてもおかしくないと思ったが、まったく損傷していない。どうも衣服も何かの力で守られているらしい。
そして腕の力で剣を押し返す――と、相手が大きく引き下がった。む、俺の動きを見て警戒したっぽいな。
だが、その動きは悪手である。なぜなら俺にはビームがある!
右手から青い光が生じる。刹那、相手のかぶとの奥に見える光が僅かに揺らいだ。
そして俺が放った光が相手を包み――吹き飛び、後方の壁に激突した!
よし、これで――と思ったが、相手はすぐさま体勢を整え、立ち上がった。
一発じゃ倒せないか……いや、さっきの反撃は全力じゃなかった。防御から攻撃に転じた際、思うようにビームに力を入れられなかったと考えるのが妥当だろう。
「貴様……何者だ? 気配からして同胞のようだが」
そして問い掛けてくる――のだが、俺は二つの意味で答えられなかった。
一つは油断なく俺のことを見ていること。返答している間にまだ迫られたらシャレにならない。今だって結構ギリギリだったのに、無防備なところを狙われるのはさすがに勘弁だ。
で、もう一つの理由だけど……極めて単純な理由だった。
えっと、どう名乗ればいんだろう?
前世の名前を言えばいいのか? でもそれも違う気がする。とすると今の体の名前? そもそも名前があるのか?
そういうわけで何も言えませんでした……すると相手は眼光を鋭くする。
「名乗る必要もないということか」
うわあ、敵意が増している。
「まあいい。ここにいたのが運の尽きだ。消えてもらおう」
そして宣言……なんだけど、さっき思いっきりやられたのにその宣言は格好悪いような気がするぞ。
ヒュン、と相手は一度素振りした。仕切り直しかな。
「貴様の狙いはわかっている」
そして相手は明言する……ん? 狙い?
「相手がまさか同じ魔族とは予想できなかったが……人間に寝返ったか、それとも人間が我らの力を手に入れたか、どちらかだな?」
お、おう。ちょっと待て。何勝手に話を進めてるんだ?
「この迷宮にいた、あの人間を救いに来たのだろう?」
――うわー、勘違いしてらっしゃる。
俺は状況を嫌なくらい理解する。あれだよ、敵としてはあんだけ魔物を倒しまくって暴れているんだから、その狙いがあるはずだと思うわけだ! で、都合のいいことに人間が迷い込んだ! 結果、関係ない二つが結びついた!
……ああまあ、うん。どっちにしろああまで暴れていたら言い逃れはできないだろうし、例え人間が迷い込んでいなくても戦闘になってたかな?
俺は困惑しながら相手の動向を窺う。つーか完全に臨戦態勢だな。本当にどうしようもない。
「――いくぞ」
相手はご丁寧に宣言してから突撃してきた――うんざりするほど強制戦闘ばっかりである。俺に拒否権はないのかー! と声を大にしたい衝動に駆られながら、迎え撃つことになった。