最後の報酬
俺は外に出て即座に魔法で移動を開始する。本来なら最寄りの町で馬車の手配が成されているはずなのだが、今回は時間との勝負。魔法を使って無理矢理移動した。
そうして辿り着いた都で、俺が最初に訪れたのはギルフォードの屋敷。すぐに彼は出迎えてくれ、こちらが簡単に事情を説明すると、驚いた様子だった。
「そうか……あなたには本当に助けられてばかりだ」
「気にしないでくれ。それでこの三日間で、身の振り方を考えなければならない」
さすがに俺が転生した事実は伝えていないというか、伝えても意味はないだろう。そこで、
「俺自身、色々と迷宮で目的を果たした……だから場合によっては、ここで迷宮と関わることなく旅でもしようかと思っている」
「つまり、ここを離れるということか?」
「ああ。自分の出生についてもわかったからな……ベルンザークの迷宮管理者になったけど、場合によっては他者に融通してもいい」
これはオーゴに頼んで色々とやってもらうべきか。一度迷宮に戻って話をして、どうするかは協議する……ここが一番の懸念だし。
「そうか。あなたが決めたのならば止めはしない。そもそもこちらが言える立場でもないからな」
ギルフォードはそう述べると微笑を浮かべた。
「君がこの都を離れる決断をした場合、屋敷のことなどについては私が責任を持って対処しよう」
「ありがとう……えっと、それで――」
「ミーシャ様のことだな? 彼女なら都にあなたが戻ってきたという報を聞けば屋敷へ向かうはず。一度戻るといい」
ってことは、屋敷に戻れば会えるわけか。
「都を離れるにしても、一度彼女とは話した方がいいだろう」
「わかってるさ……それじゃあ、俺は一度屋敷に戻るよ」
それと同時に……どういう結論を出すのであれ、きっと屋敷へ戻るのは最後になるだろうと思った。
この世界に残る選択をしても、都に留まるようなことはないだろう……そんなことを考えながら俺は自分の屋敷へと向かう。
そうして室内に入ると、いつものように慇懃な礼で誰もが迎えてくれ、さらにミーシャが客室にいるという報告を受ける。そこへ赴くと、ソファに座りレトを抱く彼女がいた。
「あ、ゼノ……!」
「話は聞いているのか?」
問い掛けに彼女は小さく頷いた。
「大変、だったみたいだけど……」
「窮地に立たされたのは事実だけど、まあそれはファグラントの時もそうだったからな」
肩をすくめながら話し、俺はミーシャの対面に座った。
「城の状況は?」
「……魔族ベルンザークは都でも脅威と見なされていた魔族だった。攻撃的だったというのもあるけれど、ファグラントの主だったわけだし」
「それもそうか。俺が彼を倒したことでどうなった?」
「ゼノの処遇についてどうしようか検討してる」
「そっか……」
もし離れるのならさっさとやった方がいいな。期限は三日だけど、すぐにでも出発しなければ総出で止められそうだ。
「……ゼノ、都を離れるの?」
ミーシャの問い掛け。さすがに彼女は察しているか。
「ああ……いや、ミーシャには話しておくよ」
なんとなく、俺と最初に出会った人物として……伝えておこうかと思った。
「信じられないかもしれないけど、聞いてくれるか?」
「うん」
迷わずミーシャは頷き、俺の言葉を待つ構え。
そこから――俺はゆっくりと説明を始めた。といっても俺に語れることはそれほど多くないし、そもそもこの世界にやってきてからすぐにミーシャと会ったわけだし、ゆっくりといっても十五分くらいで全てを話し終えてしまった。
「……そして今、俺は『ゼノ』の協力によって帰ることができるかもしれないところまで来ている」
「ゼノは……帰るつもり?」
質問に俺は押し黙った。理不尽な経緯でここまで来た以上、そういう考えもある。
それと『ゼノ』は次があるかわからないと語っていたけど、この世界でしばらく暮らし、次の時を待つって方法もあるにはある。俺は――
「私は」
こちらが口を開く前に、ミーシャが言った。
「私は、帰るべきだと思う」
「え……」
「この世界に無理矢理連れてこられたわけだから、ゼノだって……帰りたいと思うでしょ?」
問い掛けに、俺は押し黙った。
確かに、未練……というか帰るという選択肢が出た時、そういう気持ちになったのは事実だ。
「この世界のことなら心配しないで……私達が頑張るから」
笑顔で語るミーシャ。そんな彼女に呼応するようにレトが鳴いた。
「……そう、だな」
ミーシャやこの世界の出来事が気にならないわけじゃないけれど……帰れるのならばそうしたいと思っているのもまた事実。
たぶん戻ったらこの世界に来ることはできなくなるだろうけれど――
「……ミーシャ、ここを離れたらもう戻っては来ないと思う」
「うん」
「迷宮で知り合って色々と行動していたけど、ミーシャの方も大丈夫そうだし……俺も安心した。元気で」
「ありがとう」
柔和な笑み――そうして、ミーシャとの会話を終えた。
残念ながらファラは湖にいたため会話をすることができなかったのだが……そこはミーシャに託して俺は迷宮へと舞い戻る。
「準備はできたようだな」
「ああ」
俺は『ゼノ』の所へ赴くと、彼は既に準備を済ませていた。
「……この迷宮については私もできる限り補助しよう。心配はしなくていい」
「ありがとう」
「とはいえ、そちらも気になることだってあるだろう。そこで一つ、面白いものを用意した」
そう言って彼は何かを取り出す。それは――金色の腕輪だった。
「それは何だ?」
「簡単に言うと、この世界とあなたのいた世界をつなげるものだ」
世界を――つなげる!?
「君のいた世界とこの世界は君がここにやって来たことで何らかの繋がりができた。この腕輪をはめこちらの世界へと赴きたいと願いを込めればここへ舞い戻ってくることができる」
「それは……すごいな」
「この世界で多大な貢献した、ささやかな報酬と思ってもらえればいい」
「それなら、別れの挨拶なんてする必要はなかったかな」
「かもしれないが、君が元の世界へ戻りもうこちらへ来ない……本当ならそれが筋というものだろう」
――確かに、な。きっと腕輪をもらっても、これを使うことは、ないかもしれない。
「とはいえ、この世界と関わった以上は気になるのも事実のはず……こちらの世界へ赴いた時は、また私が色々と協力しよう」
「ありがとう……えっと、腕輪を使った場合は当然、元の世界の姿だよな?」
「今あなたが使っている器をこちらで保管しておく。それを使えばいい」
なるほど、ね。
「それでは、準備はいいか?」
『ゼノ』が問う。俺は小さく頷き、
「ああ……頼むよ」
そう告げ、俺は彼へと近づいた。




