元の器
一通り話をした後、相手……『ゼノ』は憮然とした面持ちとなった。
「私の封印が完全ではなかった……今回の一件はそこから端を発しているな」
「あんたを非難する気はないよ……ベルンザークが悪いわけだからな」
そうは言うものの……正直、完全に納得できないのも事実。
「この世界に連れてこられた云々についてもそうだけど、目覚めた直後に元の世界に帰るのは無理という言葉が告げられてしまったからな……」
「それはベルンザークという魔族が発したものかもしれないぞ」
ん、どういうことだ?
「ベルンザークの目的は、君の内に眠る力を覚醒し、計略を利用してそれを取り込むことだった。ただ迷宮のどこに現れるかはわからなかったため、君は彼の部下を倒してしまったようだが……ともあれ、力を発揮させなくてはならない。それにはまず、この世界で活動させ、この世界に馴染む必要がある」
「ってことは、俺を動かすために元の世界には帰れないということにした?」
「意識を器に入れる際、そういう言葉が頭に浮かぶよう細工をしたのだろう」
……仮にそうだったとして、
「ということはもしかして、帰れるのか?」
「君は帰りたいか?」
「それは――」
あまりに理不尽な出来事の連続だからな。この世界で生きていくという考えを抱いたにしろ、やっぱり納得いかない部分がある。
「……まあいい、選択肢を増やすということは重要だろう。ならば少し調べてみよう」
「できるのか?」
「元の世界へ……というのは意識を元の世界へ飛ばすということだが……君の体の中に元の世界との因果が残っていれば、可能性がある」
「因果……」
「また、もう一つ。例え元の世界へ帰れるとしても、君の意識を受け入れる器が無ければいけない」
――その言葉で、俺は腕を組み唸った。
「さっきも説明したけど、ファグラントの時の決戦で俺は元の世界の自分の体が何かに引きずり込まれる光景を見た……それが本当かどうかわからないけど、もしそうなら元の世界で俺の体が消え失せているってことになるけど」
「……元の世界ではなく、こっちの世界に体があるのかもしれないな」
「へ?」
驚き聞き返すと『ゼノ』はさらに続ける。
「君はどうやらその体に意識が入り込んでいることから、もう本来の体がないのでは……という考えを抱いているのかもしれないが、その体に適合する意思を持つ存在を見つけ、まずはこちらの世界へと誘った……そこから意識を剥ぎ取り器に移したと考えることもできる」
「ってことはもしかすると、この世界に俺の体が?」
「残っているかもしれない」
そういう想像はしていなかったけれど……なるほど、可能性はありそうだな。
「ならすぐにでも、ベルンザークの管理領域を探そう」
「ならば君がこの空間の管理者になれ」
彼からの言葉……そうか、それなら探すのも早いか。
「わかった……あなたはどうするんだ?」
「ひとまずここにいる。個人的に他の者に見つかるのは避けたいからな」
「どうして?」
「私は本来、他の魔族などと関わりを持つべきではない存在だ……この迷宮全てを支配することができるからな。私の存在によって、同胞は間違いなく混乱するだろうし、また取り入ろうと動く……そういう事態は避けたい」
「そういうことなら……それじゃあ俺は、迷宮管理をするべく動くことにするよ」
「ああ」
ひとまずこの場を離れる……そして俺は元来た道を引き返すこととなった。
長い道中を経て、俺はベルンザークと戦った大広間まで戻ってくる。そこには、
「ゼノ殿、無事だったか」
オーゴの姿。また横にはシェノもいた。
「戦いが拮抗していた際、突然魔物達の動きが鈍った。それにより迎撃することができた……礼を言う」
「……プレルのことは聞いているか?」
その言葉でオーゴは苦虫を噛み潰したような顔をした。知っているらしい。
「報告は届いている……というより、彼女が白状したよ」
「そっか。俺としては迷宮内に無用な混乱を生み出すべきではないと思うし、内にこもっていれば何かをするつもりはないよ」
「わかった。私が責任を持って監視しよう。ゼノ殿、すまなかった」
「いや、大丈夫。それに結果としては良かったのかもしれないし」
「どういうことだ?」
そこで俺は『ゼノ』について説明を加える――と、オーゴとシェノは目を見開き驚いた。
「そんなことが……奥に迷宮の支配者たる存在がいるのか」
「もっとも俺以外に会いたくないみたいだけど」
「いや、それでいい。私やシェノとしては変に干渉するのもまずい」
シェノもコクコクと頷いた。うん、二人なら大丈夫そうだな。
「それでゼノ殿は、ベルンザークが統治していた迷宮の管理者になると?」
「ああ。俺自身色々と調べたいことがあるからな……オーゴ、シェノ、俺自身そっちと敵対するつもりはないし、また俺自身の出生についても二人に関わったことでわかった面もある。感謝しているよ」
「そう言ってもらえると嬉しいぞ……ではシェノ、戻るとしよう」
「うん」
二人は引き返す。そして最期にシェノが振り向き、
「ありがとう」
一言告げ、大広間を去った。
「……さて」
俺は一つ呟き行動を開始する。『ゼノ』から迷宮管理をするための場所は聞いている。ここからそう遠くはないため、そこを目指す。
そうした中で、ここまでの出来事を思い出す。迷宮で目覚め、ミーシャを助け、湖での戦いを経てここまで来た。
もし元の世界へ帰れるとしたら……なんとなくここまで出会った人や魔族のことを思い返す。帰りたいとは思うけど、もしこのまま黙って帰れば……きっと色んな意味で混乱を呼ぶことになるだろうな。
なら、どうすればいいか……悩んだ末、まずは帰れるかどうかを確認することから始めないと意味はないと思い直す。
やがて目的地へ到着。殺風景な小部屋だが、間違いなくここが迷宮管理者となるための部屋。
「それじゃあ、始めるか……」
俺は呼吸を整え、ベルンザークが保有していた管理領域の主となるべく――準備を始めた。




