新たな戦い
どういう風の吹き回しだ……などと言葉が頭に浮かんだのだが、先にミーシャが俺へ向け口を開いた。
「私が一度会いたいと言ったら、あっさりと認めてもらって、ここに来た……それに、ファラのこととかお礼を言わないとって思って」
「記憶が戻ったのか?」
問い掛けに彼女は苦笑する。
「まだ断片的だけど……ただ、なぜ記憶を失ったのかはわかったよ」
――そこから彼女は簡単に説明を始める。調査のために迷宮へと入り込んだはいいが、魔物を発見しそれを避けながら移動。だが袋小路となり、ミーシャは最終的に転移魔法を使用したらしい。
しかし迷宮内は魔力も地上とは異なる……話によると転移魔法は使い手が少数な上に精密な技術が必要とされる。ミーシャは地上において転移魔法を失敗したことはなかったし、袋小路でも頭は冷静で問題なく転移するはずだったが――
「迷宮内に存在する魔力を見誤っていた……その影響で頭の中がかき乱されて、転移に成功はしたけれど気を失い記憶も飛んでしまった」
「なるほど……調査というのは、ファグラントの動向を探ることか?」
「魔物の調査。あれほどの存在がいるとは予想もできなかった」
微笑を浮かべるミーシャ。ふむ、なるほどね。
「それでゼノ、報告には聞いているけれど……魔族を味方につけたって」
「ああ。迷宮攻略の足がかりになれば、と思ってるよ」
「そっか。私としてもゼノには協力したいけど……」
雰囲気からすると難しいのだろうか? 沈黙が生じ、俺は少しいたたまれなくなって別のことを口にした。
「そういえばレトは? 元気か?」
「うん。迷宮に封印されていた存在だから研究者とかが調べたくてウズウズしているみたいだけど、こっちが抑えてる」
「それ、本当に大丈夫か? ミーシャが留守している間にレトに何かあるって可能性も……」
「大丈夫だよ。師匠もいるし」
「……師匠?」
「あ、うん。私の師匠。といっても現役は引退していて今は後進の育成に力を注いでいる人なんだけど」
そりゃあ彼女にも指導を受けた人はいるよな。
「その人がレトのことを見ていてくれていると……わかった。それでミーシャとしては、今後どうするつもりなんだ?」
「さっきも言ったけど、私としては色々あったからゼノに協力したいけど……」
「色々面倒なことだってあるだろ? 気持ちはありがたく受け取っておくよ」
笑みを浮かべる。そんな俺に少々申し訳なさそうなミーシャだったが、
「……ファラとは上手くいった?」
「ああ。隊長の責務を全うしていたよ」
「そっか」
そう言うとミーシャは俺へ告げる。
「さて、そろそろ帰らないと」
「ずいぶんと短い滞在だな」
「本当ならもっとゆっくりしたいけどね」
彼女も仕事を抱えているってことか……記憶を失ってなおそういうことになっているのはなんだか不憫だが。
「ゼノ、さっきも言った通り私はゼノに協力したい。だからもし何かあったら言って。必ず手伝うから」
「ありがとう」
俺が返事をした後、彼女は屋敷を去った……さて、俺にとって大層過ごしにくい屋敷暮らしである。
まあでも、慣れないといけないんだろうなあ……そんなボヤキを頭の中で呟いた。
その後、俺は次の指示もなく屋敷内で過ごすことになる。ただ以前ほどの窮屈さは感じなかった。俺にとって侍女さんとかの対応がマシになったのだ。
俺のことを見て研究したのか、それともミーシャが口添えでもしたのか……ともあれ屋敷で過ごすこともそう苦痛ではなくなった。これは大きな進歩である。
そして迷宮の情勢だが、オーゴは着々と戦いの準備を進めているらしい。ファグラントの主にあたるベルンザークとの戦いに備えて他の迷宮管理者と手を組んでいるとのこと。迷宮内の出来事なので想像しにくいのだが……これはある意味、戦争といっても構わないものとなっている。
おそらくだけど、俺の目的のためにはベルンザークとの決戦は免れない……というか向こうから仕掛けてくるのなら、迎え撃たないわけにはいかない。
オーゴとしては俺の力に期待している節もあるから、もし本格的な戦いになったら確実に呼ばれるだろうな。それまで英気を養っておくか。
そういうわけで本日もグダグダと屋敷の中で過ごしていたのだが、来客がやってきた。ギルフォードだ。
「オーゴ殿から連絡が来た」
「迷宮へ戻ってこいと?」
「そういうことだ。とはいえ湖まで赴かなくてもいい」
ギルフォードが語る。どういうことだ?
「魔族ベルンザークに対抗するには、相当な力がなければならない……それは個の力においてもそうだし、単純な兵力についてもそうだ」
「オーゴ達は、それらが足りないと考えているのか」
「そのようだ。オーゴ殿は周辺の迷宮管理者と手を組むことに成功したようだが、はっきり言ってそれでも足りないと」
「とすると、作戦が必要になってくるな」
「まさしく。そこでゼノ殿の出番だ」
ギルフォードはそう語り、話を進める。
「オーゴ殿の管理領域周辺以外にも手を組んだ魔族がいる。それはこの都から東少し西に進んだところに存在する迷宮の入口周辺に居を構える魔族だ。ゼノ殿にはその魔族と協力し、ベルンザークを倒してもらいたいと」
そこでギルフォードは一度言葉を切り、
「作戦としては、オーゴ殿達が陽動の役割だ。手薄になったところでゼノ殿とその魔族が攻め入る」
「自分達を囮にするのか……オーゴ達は耐えられるのか?」
「ベルンザークが出てこなければどうにかとは言っていた。ファグラントを始め主要な幹部が滅んでいることもあるし、勝つまでには至らないにしても拮抗状態に持ち込むくらいはできると」
連合してもそれか……かなりの戦力差があるみたいだな。
「オーゴ達に兵力を集中させている間にベルンザークの所へ踏み込んで倒す……それができるのは、ゼノ殿と協力してくれる魔族だけらしい」
「……その魔族というのは信用できるんだよな?」
「どこにいるのかについての地図をオーゴ殿からもらった。顔を突き合わせて話をすればわかるのではないか?」
ずいぶんとテキトーじゃないか? これで敵だったとかならシャレにならないぞ。
「そのことについてオーゴ殿から言伝を預かっている」
「何だ?」
「そう心配しなくても大丈夫。ただしじゃじゃ馬だから気をつけろと」
どうしろと……でもまあオーゴとしても勝たなければならない戦だ。その辺りの根回しはしているだろ……たぶん。
「わかった。それで時期は?」
「ベルンザークの動き次第らしいが、こればかりはわからないな」
ならばできるだけ急いだ方がよさそうだな……というわけで、早速明日から行動開始か。
「わかった。オーゴにはすぐに向かうと言っておいてくれ」
「ああ。今回、こちらが参加することは厳しいかもしれないが……」
「そこは仕方がないさ。でも場合によってはベルンザークが地上に侵攻するかもしれない。注意はしておいてくれ」
「いいだろう。防衛の準備だけはしておく」
ギルフォードに俺は「頼む」と告げ……話し合いは終了。新たな戦いが始まろうとしていた。




