魔族との協力
もう一つの道、か……俺は少し沈黙を置いて、シェノへ尋ねる。
「それはどこにある?」
「島の真下。水中に迷宮内で作った魔物を外へ出すための秘密の抜け道がある」
ははあ、なるほど。あの魔物達は水中の出口から迷宮を出て攻撃していたのか。
「魔法を使えば入れるでしょ? 島の地上はずいぶん警戒されているけど、こっちは手薄だよ」
「……その話が本当なら、な」
「本当だよ」
口を尖らせるシェノ。まあ島のすみかを取り戻したいって話が本当なら、協力するのもわかるけど。
「それと、場合によっては一気に勝負をつけられるよ」
「どういうことだ?」
「魔物を多数輩出する場合、その出口にザナンがいる……しかも魔族を作った直後は、力も弱まっている」
へえ、それは良いことを聞いた。
「つまり、魔物と交戦している間は魔族も弱くなっている、と」
「そういうこと」
コクコク頷くシェノ。なんだか愛嬌があるな。
「ザナンって魔族以外に、湖周辺に魔族はいるのか?」
「いるにはいるけど、この周辺を取り仕切っているのはザナンだから、他に魔族がいても干渉はしてこないよ?」
……ふむ、管轄的な問題ってやつか。
さて、どうするかな……土下座までされたわけだけど、シェノが語っていることが真実なのかどうかは断定できない。
ビーム撃って水竜を倒した俺のことをどうにか罠にはめようとか……そういう疑いが消えることはない。
じーっとそんなことを考えながらシェノを眺めていると、彼女もどうやら気付いたらしい。ゆっくりとした動作で座り込もうとして――
「土下座はもういいから」
「……信用されないのはわかってる。でも私にとってもこれはチャンスなの。だから何だってする」
うーん、困ったな……情報の真偽が完全にわからないから……ただ疑ってばかりではいつまで経っても話は進展しない。
「そうだな、その話受けてもいい。事実なら俺にとってもメリットがある」
何よりここで魔族を味方につけることができるのなら、迷宮攻略について大きな足がかりとなる。
「ただ、協力するってことはそれなりに報酬をもらわないといけない」
彼女には悪いが、俺も目的がある。ここは少し交渉させてもらおう。
「ほ、報酬……」
「ああ、ただ俺は金とか別にいらない。ほしいのは情報だ。迷宮や、魔族についての情報」
その瞬間、彼女がシュンとなった。あ、これはもしや。
「……情報は持っていないのか?」
「その、湖周辺から離れたこととかないから……」
なるほど、そういう面で情報は期待薄か。ならば、
「もしザナンってやつを倒して復権できたら、俺達に協力してくれ。これならどうだ?」
「協力って、具体的には?」
「俺は色々と目的があって迷宮に入りたい。けれど肝心の迷宮内ではほとんど情報もなく、さらに言えば味方なんてのもいない。多少なりとも迷宮のことを知っている存在いるのなら、それだけでも結構助かる」
「うん、それならいいよ」
承諾するシェノ。よし、ならば――
「取引成立だな。ただザナンを討つにしろ、俺単独では辛い。騎士団の隊長には事情を説明するが、それでいいな?」
「……うん、わかった」
頷くシェノ。よし、ならば早速――といいたいところだが、
「たぶん隊長さんは眠っているだろうから、明日どこかで落ち合おう。そっちが指定してくれ」
「なら、昼前にこの場所で」
「了解」
そうしてシェノと別れた――もし何かあったらひとまずビーム撃って対処すればいいだろう。そんなことを思いながら、ログハウスへ戻ることにした。
翌日、起床したファラに昨夜のことを伝えると、
「ゼノ殿がいたため干渉してきたのかもしれないな」
「魔族の俺に目をつけたってことか……」
「そのように考えられる。力は大きくなかったんだな?」
「まあな。たぶん拳一発で消えると思う」
「ま、湖のほとりで落ち合うことになっているのだ。もし何かあっても易々と対処ができるだろう」
「……ザナンってやつに情報が漏れないのかな」
「島の中にいて、ロクにこちらの情報を取得していないのかもしれない。戦いとなれば魔物達の目を通してこちらの状況を窺うことができる……そんなところか」
ふむ、彼女の言説通りかもしれないな。
「これって舐められてるのか、それとも関心がないのか?」
「勢力圏を広げるという意味では失敗しているが……よくよく考えればザナンという魔族がどういう目的でこの湖に居座り、活動しているかは考えたことがないな」
まあ目的とか知る必要もないからな。
「ともあれ、これは突破口になるかもしれない。ゼノ殿のおかげだな」
「俺?」
「ゼノ殿がこうした展開を呼び込んだだろう?」
「……災難にならないよう善処するよ」
さて、昼前となり俺達は所定の場所に。そこの木の陰に隠れるように、シェノがいた。しかも体半分隠してこっちをチラチラ見るような感じ。
「は、初めまして……」
「ずいぶんと小さいな」
「見た目はあんまり関係ないんじゃないか? 年齢とか聞いてないけど、この姿で何百年も生きている可能性だってあるだろ」
「わ、私は十五くらいです……」
ん、結構若いぞ。
「……十五にしては小さいな。まあいい。それで今回色々と情報提供してくれるようだが」
「はい。でも大きな情報についてはゼノさんに教えましたけど」
「もう少し具体的に……というか、作戦を成立させるにはより詳しい情報が必要だ」
そう切り出し、ファラはシェノへ尋ねる――内容は、魔物のことだ。
どういう魔法を用いて魔物を生みだし、またどういう形で魔物に指令を送るのか……それによると、魔族は魔物の目を通してこちらを窺うことはできるが、普段は湖の底で動かないよう指示しているらしい。
「魔族の方針として、そうやっているのか?」
「理由があるのかはわかりませんけど……」
「なるほど。ゼノ殿、私達が陽動をやるため、ゼノ殿は魔族を倒してくれ」
――どういう作戦なのか、俺にも理解できた。
「普段魔族は魔物を地底に潜ませており、こっちの状況を確認してはいない。だから俺が事前に湖に潜っておいて、魔物が過ぎ去ったら密かに洞窟から入って魔族を倒す、って感じか」
「そうだ。水竜が出現しても私なら対処できることは昨日の戦いでわかったはず。地上に敵を引きつけ、ゼノ殿が――それが一番理想的だろう」
ま、俺も同意だ。もっとも効率よい手段だろう。
「というわけで作戦を練ることにしよう……彼女は当面私達の方で預かりたいのだが」
「いいのか? そんな簡単に信用して」
なんとなく告げてみると、彼女は笑い、
「もし罠なら……食い破ればいいだけの話だ」
「それ、食い破るのはそっちじゃなくて俺のような気がするんだけど……」
「そうとも言う……期待しているからこそだ」
彼女の方も俺の実力とかを確認したいだろうし、こっちはこっちで作戦をきちんと成功させれば信用も得られる。悪い話ではないか。
「いいだろう。シェノ、いいか?」
「う、うん」
躊躇いながらも頷く彼女。
「というか何でそんなに怯えるんだ? 俺達の目の前にいるのは分身だろ?」
「分身でも、私の場合は攻撃食らえば本体にも痛みがあるし……」
ああ、なるほどね。
「ということらしいから、丁重に扱ってやってくれ」
「了解した。ゼノ殿は、湖周辺を警戒していてくれ」
彼女の行動が罠ならば、話し合っている間に何かあってもおかしくないからな。
「いいだろう。承った」
「よし、それでは作戦会議が終わるまで頼む」
彼女はシェノを伴い歩き出す……さて、罠か真実か。どちらにせよ、事態が大きく動き出したのは間違いなさそうだった。




