彼女との夕食
夜になり、かがり火がたかれる中で俺は湖沿いに並ぶ小屋の一つに入る。そこには騎士ファラが座り、対面の席に俺を促す。
こちらは「どうも」と返事をして着席。目の前には駐屯地とは思えない料理が並ぶ。
「屋敷暮らしをしていたあなたにとっては、質素かもしれないが」
「いや、豪勢に見えるよ……こんな場所で用意するのは大変だったんじゃないか?」
「そうでもないさ。町も近いからな」
言いながら彼女はパンをかじり始める。俺もそれに合わせスープを一口……うん、美味い。
「えっと、確認だけど何か質問とかはあるのか?」
まずは話を振ってみる。ファラはこちらを一瞥し、
「ゼノ殿は、記憶を失い普通の魔族とは違う雰囲気だな。出生などについて知りたいがために、迷宮へ行こうとするのか?」
「……まあ、そうだな」
出生、という点については間違いない。
「国側としては、魔族として色々情報を得たかったと思う……ただそれは難しいと判断したのだろうな」
「それについてはどうしようもないな。ただまあ、あんまり城と関わらなくてこっちは良かったかもしれないけど」
ファラがクスリと笑う。
「城と手を結び迷宮攻略をする方が、ずっと本来の目的に近いと思うが」
「それも一理あるけど、さすがに俺もあんまり城に深入りするのは怖かったからな」
「ずいぶんと腰が引けているな。まあ、そのくらいが丁度いいかもしれない」
肩をすくめるファラ。彼女も騎士として色々関わっているだろう。思うところはあるみたいだ。
「こちらとしては、そういう経緯があるからこそ前線にあなたを呼べたわけだ。ありがたいと思うことにしておこう」
「それはどうも」
「他には、そうだな……ミーシャについてだ」
「あー、申し訳ないけど迷宮を出て首都に着いた時、別れたからそれ以降のことは何も知らないぞ」
「そうか。それは残念だ」
呟くファラ。ふむ、ここで少し踏み込んでみようかな。
「ミーシャとは友人らしいけど、どういう経緯で?」
「……私もミーシャも貴族の家系なのだが、両親同士が昔から親交があって、その縁で色々と話すようになった」
「その二人が、国の中でも重要なポストについている、か。並大抵の努力ではなかっただろう」
「ミーシャは天才肌で、私はどちらかというと彼女に追いつこうと必死になっていたが、な」
笑うファラ。そういう事情なら劣等感とか持っていてもおかしくないが、彼女からそういう雰囲気は感じられない。
「私としては、目の前に大きな存在がいたからこそ、今こうして前線基地の指揮官という立場にいるのではないかと思っている」
「ミーシャの存在がいい刺激になった、ってことか?」
「そうだな」
「……疑問なんだが、前線にいる以上彼女とはあまり会えていないと思うんだが」
「そうだな。数年は会っていない」
どことなく寂しそうな彼女。
「記憶を失っているようだし、今会いに行っても私のことは単なる赤の他人として認識することだろう。友人として何かあれば相談に乗るくらいのことは言いたいものだが、さすがに立場も違うし私を頼るなんてことはないだろうな」
「それは……」
「ああすまない。愚痴とかそういうわけではないよ」
手をパタパタと振る。会えない寂しさが大きそうな感じか。
どんな親交があったのか推し量るしかないが、仲自体は良好みたいだ……現在俺は彼女に目を掛けてもらっている状況だ。何かしてやりたいが、現状城にいるミーシャにコンタクトをとる方法とかないからな……いや、できなくもないか?
「彼女に会いたかったら俺にも相談してみてくれ。もしかしたら手伝えるかもしれない」
「すまないな」
そう述べながら食事を進める。俺は提案したけど、たぶん彼女は要求とかはしないだろうな。
「ミーシャが記憶を失ったと聞いて不安になったのだが、ひとまず問題はないのだな?」
「あー、とりあえず体調とかは問題ないと思う。ただそれ以外のことは……そもそも俺は記憶がない彼女しか知らないからな」
「ああ、それもそうか」
納得の表情を示すファラ。
「行方不明になったとき、城はさぞ肝を冷やしただろうな」
「……そういえば、彼女が迷宮に入った詳細とか聞いてないな」
「私も詳しくは知らないな。結果として行方不明になり、その時は国も大いに焦ったことだろう。最終的には無事だったが、記憶を失った。ともあれ、生きていたことは本当によかった」
と、彼女は一転別の話題を振る。
「迷宮攻略についてだが……その目標は一番奥か?」
「どうだろう……俺の素性とかなぜ迷宮にいたのかとか、そういう経緯がわかるまでだから、場合によっては奥へ進まないといけないだろうな」
仮にその場合、相手は異世界にいた俺をいきなりこの世界へ連れてくるような強引なことをしている存在だ。結構な力を持っていておかしくない。
「自分の正体を知るための迷宮探索か……ファグラントを打ち破るほどだ。案外あなたも高位魔族――それも迷宮の主に見込まれた魔族かもしれないな」
「だとしたら、せめて記憶くらいは保持させておけと思うんだが。実際俺は人間の味方をして大幹部を倒したわけだし」
「まったくだな。迷宮の主もマヌケだ」
「違いない」
再度笑うファラ。ここでふと、俺は迷宮の主とやらがどういう存在なのか気になった。
仮に俺をこの世界へ連れてきた存在だとしたら……うーん、さすがにわからん。
でもまあ、そういう存在に近づくことで、たぶん俺自身のことを知ることができるはず……違ったとしても、手がかりは間違いなく迷宮の中にしかないだろう。
どのくらい探せば見つかるんだろうなあ……ふと思えば相当果てしない作業だな。この体が生きているうちに見つかるだろうか? 一年とかどころではなく、数百年かかるとかになったらどうしよう。
大陸に張り巡らされた迷宮だから、構造を把握するだけでも途方もなさそうだ。これはキツイ。
「あるいは、迷宮の主があなたにそれを求めていたとしたら……と、なんとなく考えることもあったが」
さらにファラが告げる……つまりそれは、
「俺にファグラントを倒してほしかった、と」
「例えばヤツが暴走して、それを止めるために……という解釈もできないことはない。動機は不明だが」
仮にそうだとしたら……うーん、わからない。
結局のところ、迷宮に対する情報が少なすぎるのが問題だ。かといって情報を集めようにも、迷宮内でどれだけ手がかりがあるのか。
そもそも俺をこの世界に連れてきた存在が誰なのか、そこをまず知りたいわけだが、魔族へそういったことを尋ねる場合、当然ながら俺の素性を話さなければならないわけで……それは果たして信用してもらえるのか?
あと、不都合が出ないのか? 色々と疑問が湧き、ただそれも今はひとまず置いておくしかないと断じる。
「目標は違えど、私達が進むべき道は同じ……迷宮攻略だ」
そこでファラは食事の手を止め、俺を真っ直ぐ見据える。
「ゼノ殿、私としてはあなたに相当の期待をしている。ミーシャを助けてもらい、さらにこうして協力してもらうことは多少心苦しいが……頼む」
「ああ、任せてくれ」
俺の返答にファラは微笑を浮かべる。
ま、今はともかく仕事をきちんとこなして信用を得ること……それが万全な迷宮攻略への近道だ。そのために、目の前の依頼をこなす――そう固く決意し、夜は更けていった。




