前線指揮官
その後、五日ほど経過した後に屋敷にクローがやって来た。
「迷宮への警戒自体は解かれていませんが、ゼノ様については行動してもいいとお達しが来ましたよ」
ならばと、俺はすぐに仕事を開始すると申し出る――正直この屋敷に住んでいてアウェイ感が半端ではない。今すぐにでも抜け出したい。
魔族だから暗くジメジメしたところが好きなのか……などと考えたけど、最初太陽の光を浴びたいとか思って迷宮で四苦八苦していた俺としては、そんなことはないと思う。
ただただ居心地が悪い。うん、これが理由だ。
「では早速移動を開始しますが……」
「ああ。結構遠いの?」
「距離はありますね。都から北に位置する、オーガスア湖です」
――屋敷を出て、馬車に乗る。その道中で今回の目的地について話を聞いた。
この大陸最大の湖で、その湖の中には島が点在している。そこにはどうやら迷宮の入口が存在するらしく、魔物や魔族が出たり入ったりしているとのこと。
「その入口については私達も調査できていません……そもそも湖に点在する島はその全てが魔族のテリトリーです。私達は湖の周辺に部隊を配備し、いつ何時敵が来てもいいように警戒するくらいしかできていないのが実状です」
「なるほど……で、仕事としてやるからには目標があると思うんだけど、何をすれば仕事は終わるってことになるんだ?」
「魔族の撃破及び、魔物などを出現しないよう入口を封鎖、でしょうか」
「封鎖か……でもそれを破られたら?」
「そこは大丈夫です」
と、クローは答える。
「迷宮や大地の魔力を利用した結界です。高位の魔族であってもさすがに大地や迷宮全体の魔力と勝負しても勝てないでしょうし、実際これを用いて破られたことはありません」
「……そんな結界があるなら、入口全てを封鎖すればいいだけなんじゃ?」
「この結界には魔力を秘めた特殊な鉱石が必要なのですが、希少で全てを封鎖できるほどの量を確保できないのです」
ふむ、なるほど。
「封鎖する場所は優先順位をつけているのですが、その最たる場所が今回の湖になります」
「理由があるのか?」
「一番魔族の出現頻度が高いことでしょうね。ただしファグラントのように、まったく来ない場所から……つまり無警戒の場所から来るケースもあったわけですから、優先順位なども見直しされるとは思いますが」
「そうした中でも、重要な場所ってことか」
「はい。魔族としては島に立ち入ることがないため、安全に地上へ出ることができる。このメリットが大きく、だからこそ湖にある迷宮を利用して地上へ侵攻するのでしょう」
状況はわかった。俺のやることは島に踏み込んでビームで敵をひたすら倒して安全を確保。入口を封印するってことか。
「その湖の迷宮については、入口はいくつあるんだ?」
「確認できているのは三つ。その入口を封じる分の鉱石は確保しているため、いつでも封鎖はできます」
「その封鎖自体に時間はどの程度かかる?」
「およそ半日」
結構時間かかるんだな。だからこそ安全確保が難しく、封鎖が難しいってことなんだろうけど。
「ってことは、魔族を倒しても半日は警戒しないといけないのか」
「そうですね。しかし主たる魔族を倒すことさえできれば、魔物達も迂闊に近づいてこなくなるでしょう。全ては魔族を撃破できるかにかかっていると」
そこさえどうにかすればいいってことかな? まあわかりやすくていい。
「魔族についての詳細は?」
「人間型なのは間違いないようですが、わかっているのは貴族のような出で立ちをしている点だけ……もっとも姿をある程度変えられるので、判断は難しいところですが」
「もし他に魔族がいたら?」
「そこですね。幹部ファグラントが倒れたことにより湖の方でも異変が生じるかもしれません。いえ、それこそ我らが懸念すること」
「そこで俺が……ってことか」
「湖に駐屯する兵にも事情は伝えてあります。魔族ということで動揺する人間だっているかもしれませんが、よろしくお願いします」
まあやるしかないよな……そんな決意を秘めながら、馬車に揺られ続けた。
旅そのものは特にトラブルもなく終わり、俺は目的地であるオーガスア湖に到着する。
「おお、デカいな」
まずは一言。真正面には確かに島も点在するのだが、地平線ではなく水平線が見える。
横を見ても河岸がどこまでも続いている……一応周辺には町もあるし、湖から水を引っ張っているようだが、湖周辺にはあまり人が寄りつかないようだ。
「この湖も大きな資源だから、魔族がいなくなったら重宝しそうだな」
「そうですね」
クローが同意。と、ここで俺達に近づく兵士が。
「お待ちしておりました」
槍兵だ。彼は一礼した後、
「騎士ファラがお待ちです」
「では案内を」
指示され、槍兵は先導する。そこでクローに質問。
「騎士ファラって人が駐屯地の偉い人?」
「前線指揮官ですね」
そう返答した直後、俺の目の前に建物が見えた。
前線基地なので例えばテントがたくさんあるとかイメージしていたのだが、そこにはログハウスのような建物がいくつもあった。それが理路整然と並ぶ姿に、ちょっと驚く。
「この前線基地の歴史は古いので、こうして建物も多いんです。まあそれだけ攻略できていない、という意味にもなるのですが」
苦笑を交え語るクロー。色々と大変な様子。
さて、そうした中で……俺達の前に白銀の鎧を着た騎士が現れた。茜色の髪を持ち、腰に剣を携えた――女性。
しかもかなりの美人。見た目高貴そうな印象を持つのでどこぞの貴族令嬢のようにも見えるが、そうした人物が鎧を着て兵を率いている……ふむ。
「騎士ファラ、お連れしました」
「彼が例の魔族か」
口を開く騎士ファラ。声色はとても綺麗。
「自己紹介をしておこう。私の名はファラ=エンゼールド。ファラと気兼ねなく呼んでもらえればいい」
「……では、遠慮なく。俺の名はゼノだ」
「よろしく……それと友人を救ってくれた点、礼を言わせてもらう」
友人……? あ、もしかして、
「ミーシャのことか?」
「そうだ。一報を聞いて驚きと、友人として礼を述べなければならないと思っていた」
「彼女はミーシャ様と共に競い合った仲なんです」
「といっても、あいつはとうの昔に私を追い抜いてしまったが、な」
ヤレヤレといった様子で彼女は言う。かたや前線基地の指揮官、かたや宮廷魔術師長だからな。でも見た目二十歳くらいの彼女が指揮官をやっている時点で、騎士ファラも紛れもなく才女だろう。
「さて、雑談はこれくらいにして話を進めよう。現在湖周辺は穏やかで、魔物達の出現もほとんどない……が、少し前に魔族が観測された。しかも、今まで見ていなかった者だ」
「増援、ってことか?」
「そう解釈していいだろう。ゼノ殿の活躍により、魔族の動向にも変化が起きた」
神妙な顔つきで語るファラ。
「ゼノ殿の功績については文句はないので、そこは誤解なきよう頼む……さて、ここから私達はどう動くかだが、ゼノ殿が来た以上、少しばかり大胆に出てもいいと思っている」
「あるいはゼノ殿の存在を向こうが認知し、動き出す可能性もありますね」
クローが言う……が、んー、俺のことを相手方がどれだけ知っているか、だよな。
「ともあれ、まだ敵と交戦したわけじゃないんだろ?」
「そうだな」
「なら、ひとまず滞在して……相手がどう動くかを見て判断してもいいんじゃないか?」
「そうだな。まずは様子を見る……ゼノ殿が体を休める場所も提供させてもらう」
――本心としてはすぐに迷宮に入りたいが、ここは焦るべきじゃない。そう自分に言い聞かせ、俺はファラに「わかった」と応じた。




