魔族の待遇
その状況は、一言で表すと退屈だった。
「どうしろってんだ……」
俺はベッドに寝転がり一人呟く。天井は呆れるほど高く、またベッドも大人が五人くらいは並んで寝られるほど大きい。
上体を起こし、改めて部屋を見回す。たった一人で過ごすにはあまりにも広い、そして様々な調度品が並ぶ豪華な部屋だった。
――魔族ファグラント撃破後、旅を重ねとうとうディオス聖王国首都であるレッタガルドに辿り着いた。
到着した初日にリーズ、もといミーシャとは離ればなれとなり、またレトも彼女についていった。まあ会話もできないし彼女と共にいた方がいいだろう。
そして俺はドデカい屋敷に連れてこられ、こうして現在部屋の中にいる……ただ、首都に到着してここに押し込められて以降、音沙汰がない。
「本当に、どうするんだ……?」
呟いてみるが答えは出ない。なるようにしかならないのは俺も理解できているんだけど……。
現在、首都に到着してから三日経過している。俺は再度寝転び、天井を見上げながらぼーっと考える。
たぶんだけど、報告して扱いに困っているのではなかろうか……この屋敷ではメイドさんも丁寧で、なんだか接待を受けているような気分。彼女達は「何でもお申し付けください」と言っていたが、こっちはこっちで遠慮するような感じになっており、もっぱら一人でいることが多い。
なんとなく相手側もこっちの動向を窺っている節がある……飽食や美女なんかで俺のことを骨抜きにしよう、なんて考えもあるのか……味方にしたいのならそんな可能性もありそうだよな。
ともあれ、ひとまず平和……ただ、ここから一体どうすればいいのか。
「はあ……」
ため息一つ。できることなら迷宮の奥深くまで調べて俺がなぜこんな世界にやって来たのか知りたいわけだけど、この調子だと潜れるまでどのくらいかかるのか。
最悪屋敷を飛び出して……などという案も浮かんだけど、それをやるとミーシャの立場が悪くなるだろう。なおかつ俺は下手すればお尋ね者になる可能性も。魔族でイレギュラーな存在だし、変な行動をしたらまずそうだ。
「ということは、ひたすら待つしかないんだよな……」
ミーシャか、旅の最中同行していた騎士クローか……その辺りがこの屋敷に来てくれればと思っている――
コンコン、とノックの音が。短いいらえを返すと扉が開き、
「だいぶ参っているようですね」
騎士クローだった。俺は渡りに船とばかりにベッドから起き上がり、
「待ってたよ」
「……屋敷にいる時は、こうして部屋にこもっているんですか?」
「まあな。俺魔族だし、気を遣わせるのもなー、と」
「あなたの屋敷なのですから、構わないと思いますが」
「その自覚がないんだよ」
はあ、とため息。するとクローは苦笑し、
「もしかして、警戒していますか? 例えばおいたをして、それをネタに引き込む気なのでは……とか」
「……まあ、そうだな」
「こちら側はそうした手段は考えてもいませんよ。屋敷提供自体も善意です。それと」
クローはにこやかに、
「少々おいたをしても、バチは当たらないと思いますが」
「……話をしに来たんだよな?」
無理矢理話題を転換。クローはそれに再度苦笑し、
「そうですよ。状況をご説明しますから」
「ならお茶でも飲むか」
「そうしましょう」
というわけで、男二人だが……部屋を出てお茶することにした。
「まず確認だが、ミーシャについてはどうなってる?」
屋敷の庭園の一角。メイドがお茶を運んで一口飲んだ後、俺は切り出した。
「記憶とか、戻ったのか?」
「残念ながらまだです。けれどお部屋などを見て回った結果、記憶を戻すヒントは見つけたようです」
「そっか……ちなみにレトは?」
「守護獣ということで、ミーシャ様のおそばにいますよ」
ひとまず彼女達は問題なしか。
「それと、ゼノ様の処遇についてですが、こちらから取り立てて何をするというわけではありません……が、迷宮攻略については少しの間、控えていただくことになります」
「俺が大幹部を倒したから、様子見するってことか?」
なんとなくそうなのではないか、という予想を告げてみると、クローは即座に頷いた。
「はい、まさしく。場合によっては他の魔族が地上に侵攻……といった可能性もゼロではない。よって、しばし警戒を」
「俺の出番はないの?」
「ゼノ様には、この期間都の守護を……といっても、万が一の場合に限ったものですから、基本的には自由にしてもらって構いません」
「構いません、と言われても……」
頭をガリガリとかく。ふーむ、
「えっと、いずれ迷宮攻略はできるんだよな?」
「それは可能ですよ」
「それに必要なものはあるのか?」
「許可などは必要ですが、ゼノ様については問題ありません。入口などは紹介しますから、自由に出入りして構いません」
「やけに扱いがいいな」
「それだけのことを成し遂げた、と解釈していただければ。あとはミーシャ様が処置したので」
彼女には改めて礼を言わないと。
「なら、そうだな……さすがに単独ではキツイ、よな?」
「私達も迷宮の全てを知るわけではありませんが、大変なのは確実ですね。ファグラント級の魔族がいる可能性も」
うーん、想定しうる最悪のケースは、ファグラントと同等の力を持った魔族が複数出現するとか、かな。そんな事態に遭遇したら逃げの一手なのだが、迷宮の奥深くは何が起こるかわからない。場合によっては退路を断たれ……そもそもファグラントと同じレベルの敵だとしたら、逃げられるかどうかもわからない。
「それなら、例えば人間側でファグラントに対抗できるような存在はいるのか?」
「単独で、となるとかなり厳しいですよ」
「ならミーシャと比肩しうる実力者は?」
「宮廷内に何人かいます」
「傭兵とかではいないの?」
「いますけど……そうした人に協力を?」
「単に組織に所属していない人とかの方が、勧誘しやすいかなと」
お城の人間からしてみれば、そういう存在を仲間に加えることは了承しないって感じかもしれないけど……俺の言及に、クローは唸った。
「うーん、どうでしょうね」
「厳しそうだな」
「無闇に戦力を増強……しかも傭兵とかそういう人間からとは、さすがに城側としても注意し始めるのではないでしょうか」
「個人的にはあんまり警戒させたくはないな……どうすればいいかな?」
「そうですね……ゼノさんとしては、城側にあまり敵意をもたれたくはないですよね?」
「あまり、というか絶対にだな」
敵に回ったら面倒なことになりそうだし……。
「わかりました。ゼノさんはおそらく城側がどういう態度なのかよくわかっていないので警戒していることでしょう。なので、一度城の上層部の方と話をしてみては?」
「クローさん、誰か呼べるの?」
「できますよ。といっても私が話を通すことができるのはお一方だけですけど」
「騎士の偉い人?」
こちらの問い掛けにクローは頷いた。
「はい。名前はギルフォード=アスレイ。この国の四つある騎士団の中の一つ、『聖騎士』団の団長を務めている方となります」
ずいぶんな肩書きである……が、結構権力とか持っていそうだし、話は早いかもしれない。
「わかった。できれば話をしてほしい。そこからの交渉は、さすがに俺がやるよ」
「はい。上手くいくことをお祈りしております」
にこやかに語るクロー。内心不安だったけど……やるしかないと、俺は心の中で気合いを入れた。




