王都へ
さて、ようやく戦いも終わり一息つくことができたのだが、まだ冒険は終わりじゃない。
そもそも俺がどういう理由でこの世界にやってきたのかなどわからないからな。できればその辺りを知りたい。鍵はたぶん迷宮だろうなあ。よって、今後も迷宮の中へ潜ることになるだろう。
「一応確認するけど」
騎士団が所持していた馬車の中で俺は口を開く。天幕で内外を仕切られており、この場にいるのは俺やレトに加え、騎士クローとリーズ……もとい、ミーシャ。
「町に着いたらいきなり捕まる、なんてことはないよな?」
「魔族であることで心配なのですね?」
「まあ、ね。魔族と手を結んだ過去があると言われても、ファグラントみたいに戦争でも仕掛けようってやつもいるわけだ。直近で地上へ侵攻しようとした魔族がいる以上、警戒されるんじゃないのか?」
「ミーシャ様のこともありますから、そう悲観的になる必要はないと思いますよ。ただ」
「ただ?」
「その力に興味を示す方は、いるかもしれませんね。そしてそれは、私達騎士団では止めようがないかもしれません」
……そういう方が逆に面倒かもなあ。
「わかったよ、まあなるようにしかならないか」
「できる限り私達もフォローしますので……」
会話を行いながら馬車は進んでいく。不安しかないけど、何かあっても逃げられるだろうし、大丈夫……かな? もっとも人にビームを向けたくはないんだけど。
「えっとクローさん、ここからどのくらいで辿り着くんだ?」
「首都レッタガルドまではおよそ十日です」
「そこそこ距離があるな」
と、ここで迷宮についての疑問が湧いた。
「あのさ、この国の地下に迷宮が存在していると言っていたけど」
「はい、我らはジオの迷宮と呼んでいます。この名は迷宮のことを詳細に調べた学者からとっているのですが……発見はおよそ二百年前になります」
またずいぶん前だな。
「最初、迷宮の入口を発見した際は、かつてこの地上を支配していた魔族が残した遺跡だと認知されました。しかし発掘作業を進めるうちに魔物が出現し、やがて魔族も」
「魔族は地上を捨て、地下に潜ったってことか?」
「その可能性もありますし、封印されていた魔族が発掘作業を通じて動き出したのかもしれません。どちらにせよ、その瞬間から私達ディオス聖王国は魔族との戦いが始まりました。けれど、いまだ迷宮の主を倒すことはできず……」
「ずっと戦いが続いていると」
「そうです。何代もまたいで……」
そこへ現れたのが俺か。しかも幹部の魔族を倒したことを考えれば――
「もう一度言いますが、決して悪いようにはしませんよ。魔族ファグラントを倒した事実などを考慮すれば、むしろあなたを引き入れたいと考えたいはずです。下手すると英雄視されることも考えられます」
うーん、これはどうなんだろうか……魔族が英雄ねえ。
「その中で、えっと……」
ミーシャに視線を向ける、いまだ記憶が戻っていない彼女としては、馬車に揺られていてもどこか緊張している。
「彼女は、どうなるんだ?」
「記憶については我らもわかりませんから、魔法医に見せるしかありませんね。ともあれ、我々としては無事であることが何より良かった」
相当だな……まあ宮廷魔術師の師団長らしいからな。
そう考えれば、彼女が迷宮で示した実力の一端は至極正しかったことになるのか。けど相手は魔族の大幹部である以上、彼女だけで立ち回るのには限界があったのも事実。危険だったのは間違いないな。
「ひとまず俺はおとなしくしているよ」
話の区切りとして、俺はそう告げる。
「あとはそっちの動向次第。ただし、もし危害を加えようとする人間がいたら、こっちも相応の態度を取らざるを得ないぞ」
「はい、わかっています」
ガタン、と一度馬車が揺れる。地上に出てめでたしめでたしといきたかったが、なんだかそういう雰囲気でもなさそうだ。
俺はミーシャと目を合わせる。どこまでも不安そうな彼女であったため、
「記憶をなくしているとはいえ、帰れるんだ。良かったんじゃないのか?」
「なんだか、あんまり現実味がなくて」
ミーシャは小首を傾げる。ふむ、自分の素性にピンときていないのか。
「帰っても多くの人を困惑させるだけなんじゃないかな」
「でも迷宮に留まるなんて選択肢はないだろ?」
「それはそうだけど」
「事情がわかれば、きちんと対処していただけますよ」
ここでクローが口を挟む。
「ミーシャ様が悪いと断じる人はいませんから、ご安心ください」
「う、うん……」
頷いた後、レトがニャーと鳴く。もし何かあったら自分が守ってやるとでも言いたげである。
「そう、ありがとう」
レトに対しミーシャはそう答えた。そこでまたも馬車が一度揺れ、
「そろそろ町に到着します。そこでひとまず休憩としましょうか」
クローが言う。俺は馬車の前側に移動して天幕を少しだけ開けて覗き見るように前方を眺める。
そこに、多くの建物が存在する文字通りの町があった。外観は中世ヨーロッパのような建物ばかりで、俺にとってはとても新鮮な感じ。色合いは白を基調とし、ビルのような縦に長い建物はない。
「この周辺で一番大きな町ですよ」
クローの解説を聞きながら、俺はそっと天幕を閉じた。
「俺は出ない方がいいか?」
「問題にはならないと思いますが」
「かといって歩き回るのもまずいだろ」
クローは沈黙。雰囲気的に俺の判断に任せるようだな。
俺は「考えておくよ」とだけ言い渡し、これからのことを思案する。迷宮に再度入り込むことはほぼ確定と言っていい。ただしその場合、国が何かしら干渉してくるのかどうかが疑問だ。
迷宮へは単独で入って問題ないのか? 魔族の大幹部を倒せるだけの力を俺はもっているみたいだが、ファグラントとの決戦はギリギリだったように思える。迷宮の深層にあれ以上の敵がいると考えていいだろうし、一人で特攻というのはキツイ気がする。
かといって人間に頼るのも……リーズが宮廷魔術師団の師団長だとするなら、彼女以上の力をもった人間はそう多くないってことにならないか。仮に人間側の協力を得たとしても、戦力にならなければ話にならない。この辺りも判断が難しい。
ともあれ、俺がなぜこんな世界にやって来たのかは解明したいので、迷宮へ入るのは間違いない……人間と協力するのか、それとも完全に一人でやるのか。それについては都に着いてから判断してもいいかな。
結論を頭の中でまとめた時、リーズが俺を見ているのに気付いた。
「……どうした?」
「ううん、なんでもない」
首を振り視線を逸らす。気になったけど話す様子はなかったので、こちらも沈黙する他なかった。
やがて町に到着し、クローは旅に必要な物を買い出しに行くとして馬車を離れた。俺とリーズはひとまず待機。予定ではここから先にある宿場町で一泊するとのこと。
ふと、都ってどんなところなのか疑問に思う。この町のようなのか、それとももっと規模が大きく豪華絢爛なのか。
胸中で疑問に思う間に、少しずつ期待も生まれていた。それはもし何かあっても俺ならどうにか逃げられるだろうという楽観的な考え方もある。
ともあれ、事態がどう動くか読めないのは不安もつきまとう。ただこれについてはなるようにしかならない……そんな風に胸中で結論を出し、俺は馬車の中で出発の時まで待つこととなった。




