迷宮の外で
馬のいななきってことは……間違いなく、人がいる……そう考えリーズと目を合わせる。
「どうする?」
「行こうか」
レトもニャーと同意するような仕草。よし、進むか。
反響して場所はわかりにくかったが、おそらくと思しき方角へ歩む。すると今度は蹄の音が聞こえてきた。うん、近づいているな。
直に出会える……と思った矢先森を抜け、目に入ったのは白銀の騎士だった。
「む……?」
後方にも似たような装備の人々。ただ軍という感じではない。十人しかいないから、迷宮の様子を見に来た、とかかな?
疑問に思う間に騎士が俺達のことを見据え、
「――ミーシャ様!?」
……騎士は叫んだ。ああ、あれか。リーズのことを言ってるのか。
俺が彼女へ首を向けると困惑した顔。だが彼女も自分だろうと見当はつけたのか、俺より前に出て、
「あなたは?」
問い掛けると騎士は馬から下りた。
「第三騎士団隊長、クロー=ラティアと申します。ご無事で何よりです」
と、騎士はこちらに首を向け、
「人間……とは、少し違いますね」
喋っていいのかな? 頭をかきながらどうしようか迷った時、リーズが話し始めた。
「その、一つ言いたいのだけれど」
「はい、何でしょうか?」
少し怖々とした様子で彼女は、
「あの……私、どういう理由かわからないけど、記憶をなくしてしまって……」
沈黙が訪れた。どんな反応をするかなーと眺めていたら、騎士はわなわなと震えだした。
「ご、ご、ご記憶を!?」
「う、うん」
「な、何ということだ……!」
周囲の騎士達もにわかに動揺し始める。これだけ騒ぐ以上、たぶん彼女は偉い人なんだろうな。
「わ、わかりました。何が起こったのかなどを含め、経緯をお聞かせ願います。近くに拠点を設置しておりますので、まずはそちらに」
そこまで言うと騎士は俺へ首を向けた。
「そして、あなたは――」
「彼は、記憶をなくした私を助けてくれたの」
そのリーズの言葉に騎士はまたも驚き、
「それは感謝致します……あなたは、魔族なのですか?」
「ああ、まあ、そうだけど……他の魔族をはっ倒してここまで来たから、異端かもな」
「他の魔族……?」
「ファグラントって奴」
――次の瞬間、背後の騎士達がまたもざわつき始めた。
反応からすると、名前は知っているってことか? するとクローは間を置き、
「そうですか……どうやら尋常な戦いではなかったご様子。あなたのことを含め、お聞かせ願えないでしょうか?」
「ああ、いいよ」
というわけで、俺とリーズは騎士達と共に拠点へ……ひとまず、トラブルにならなくてよかった。
案内された場所はちょっと大きめな天幕の中。作戦会議を開くような中で、俺はひとまず自分のことを語った。
さすがに転生したこと――ひいてはこの世界にやってきた経緯については伏せた。というより、どう表現していいかわからない。
「……というわけで、ファグラントを含め魔族を倒し、リーズ……じゃなかった。ミーシャと一緒にここまで来た」
話す度にどんどん顔が険しくなっていく騎士クロー。ちなみにリーズ――もといミーシャは、テントの端でレトを抱え椅子に座っている。
「えっと、それで俺が何をやったのかとか、教えてもらえると助かるのだけど……」
「――まず、ファグラント以外にあなたが遭遇した喋る魔族。彼らは全てファグラントの幹部です」
そこまでは俺も理解できる。
「次にファグラントがどういった存在なのか……簡単に言えば、私達が相対している迷宮の大幹部です」
……ほう、大幹部ときたか。
「えっと、俺達がいた迷宮とは?」
「あなたがいたのは、過去賢人が魔物を封じた最果てのエリア。ファグラントはどうやら封印されていた魔物を解放し、力を吸収しようとしていた……あるいは、魔物を使い地上に侵攻しようとしていたのかもしれません」
「……えっと、一ついいか?」
そこで俺は遭遇した魔物について伝える。
「ファグラントの部下達が率いていた魔物以外は……」
「おそらく、封印されていた魔物でしょう」
つまりあれか、俺は意図せずファグラントの目的を粉々にしていたのか。
「封印された魔物について具体的な評価は難しいですが……我々からすれば精鋭部隊を投入して、一体倒せるか倒せないかでしょう」
「精鋭部隊って……」
「数百人で組織された部隊で、です」
話がずいぶんと大きくなってきたぞ。
「……確認だけど、ファグラントは迷宮の主の幹部の一人だったと?」
「ファグラント級の幹部は彼しかいなかったと考えていいかと」
マジかよ。
「それなら迷宮の主ってのは?」
「姿を見た人間は一人としていません。わかっていることは、この国の地下に広がる迷宮の主……そして、長きに渡り我らディオス聖王国が戦い続けてきた、敵です」
「俺がファグラントを倒したって事実は……」
「途轍もない偉業です。人間では決して成し得なかったことですから」
……なんだかよくわからない内に、俺は大幹部がやろうとしていた戦争を防いだってことか。
なおかつファグラントでさえ、多数の魔物を吸収し俺に立ち向かった。ってことは、素の力において俺は相当なレベルだと考えていい。
ついでに言うと、ビームも相当な威力だろうな。大体二発までで敵は死ぬし。
結果として、俺はどうやら無茶なことをしでかし、なおかつ人間にとって驚嘆するほどの功績を上げた……ってことでいいのかな? まったくその自覚がないんだけど。
「ゼノ様、一度都へ赴き話をしませんか?」
騎士クローの提案。うーん、話か。
「俺は魔族だけど、問題ないのか?」
「過去魔族と手を結んだことはあります。よって、ゼノ様が不安に思う点はありません」
……現時点で乱暴に扱われる可能性は低そうだとわかった。むしろファグラントを打倒したことにより、一定の評価を受けそうだ。
「わかったよ。えっと、それで――」
ミーシャを見た。それにクローは複雑な表情を浮かべ、
「我々としてはミーシャ様の安否が非常に気になっていたところでした。助けていただき、本当にありがとうございます」
「ちなみにだが、彼女は――」
「宮廷魔術師団における、師団長です」
さらりと言ってのけた相手に対し、俺はポカンとなった。
「最近、迷宮の魔物達が活発的に活動していると聞き、ミーシャ様が調査に乗り出しました。ゼノ様がいた場所は、迷宮でも端の方であり、封印された魔物もいることから魔族達もここから出入りすることは少なかった」
「でもファグラントはその魔物を取り込もうとしていた……」
「もし成功していれば、我々は存亡の危機に立たされていたかもしれません」
そこまでか……。
「ミーシャ様はそうした魔物の群れに遭遇、もしくは見つかってしまうなどという状況に陥ったのかもしれません。そこで転移魔法を使った。けれど迷宮内で転移魔法が誤作動を起こし、記憶まで失ってしまった……」
なるほど、ね。確かに筋は通る。
「ミーシャ様のご記憶については、都に戻って検証ですね」
「わかった……」
返事の後、俺はこの世界にやってきた経緯を思い出す。
ファグラントとの最後の勝負――その最中に見た、前世の俺が取り込まれる姿。起きた時点が遺跡だったのだから、答えを知るには迷宮を進むしかないだろう。
なら、結論は一つ……そう心の中で呟き、俺は町へ同行する旨を騎士クローに伝えた。




