決意の拳
何が起こったのか――咄嗟に理解できなかったが、やがて階段下から光の粒子が現れるのを見て、確信する。
「お前、まさか魔物を……」
「全部だ。今いる全ての魔物の力を、集める」
断言。それと共に光の粒子がファグラントを包んだ。
それと共に凄まじい力が魔族へ凝縮していくのを感じ取る……まさしく、この迷宮全ての力を利用し、俺を消すつもりだ。
「レト、もう一度言うが結界を張ってリーズを守れ!」
俺は叫ぶ。とはいえこれだけの力。果たしてレトに耐えきれるのか。
こっちも力を高める。だが正直、目の前の迷宮全てを取り込むような勢いに、圧されるばかり。
ここで終わりか……などと思いながら、俺は呼吸を整える。
生きるためには、やるしかない。
それと同時に、背後にいるリーズ達のことを思った。俺が死ねば、間違いなく彼女も後を追うことになるだろう。いくら結界で防ごうとも、ファグラントが逃すはずもない。
「終わりだ、同胞」
ファグラントが告げる――それに対抗するかのように、俺は地を蹴った。
相手は応じる。今度は俺の拳を受けるような真似はせず――ただ、目の前に光球を生み出した。
それが破裂すれば間違いなく俺だけでなく、リーズをも巻き込むだろう――そう悟った瞬間、俺は叫んだ。気合いを入れるために、声を張り上げる。
――なぜこんな世界に転生したのか俺にはわからない。けど、これだけは言える。
目の前のコイツには、絶対に負けられない!
「おおおおおっ!!」
絶叫し、右腕に力を集める。全て出し切っていい! 今ここで! 目の前の光と魔族を打ち砕くだけの力を引き出せ!
凄まじい光が迫る。感じられる魔力は最早自分のなのか相手のなのかまったくわからない。
そして、俺は問答無用で拳を叩きつける――体の方に余力がないのは明確にわかる。もしこれでどうにもならなかったら、俺の負けだ。
けど、不思議と気持ちは冷静だった。自分ならやれる……そんな根拠のない自信が、俺の中に渦巻いていた。
拳が光に当たった瞬間、柔らかい感触が。けれど痛みはない――だから俺は、再度叫びながら拳を振り抜く!
目の前が完全に白く染まり――俺の体もまた、柔らかい光の中へ突っ込んでいった。
――体中が浮遊感にも似た感覚に包まれ、視界も真っ白で何も見えない。俺は最後の攻撃によって死んだのか、それとも防いだのか。
もし死んでいたのなら、光弾に耐えきれず体が全て消滅したことだろう。だとしたらまた転生とかするのだろうか? いやでも、一回目転生した時の記憶がないからなあ。
と、その時俺の視界に何かが見えた。それが少しずつ近づいてくる……と、
「これは……」
前世でアニメを見ている俺の姿。その光景がなぜか見えた。
一体……何事かと眺めていると、突如アニメを見て座り込んでいる自分の床下に、黒い魔法陣が浮かび上がった。
同時、俺自身は何一つ抵抗がないまま魔法陣に沈み――消えた。
ぞっとするような光景。ただこれが果たして現実で起こったことなのか……魔族として俺がいるのだから、現実だったのだろうと俺はなんとなく思う。
また、こんなことをしたヤツは誰なのか……また、何故俺なのか……疑問はいくらでもあったけど、やがて意識が水面から浮上するように開けていく。
「――ゼノ!」
リーズの声がした。俺はそれに導かれ――覚醒した。
見れば、視界に彼女の顔が。そして後頭部に柔らかい感触……もしかして、膝枕ってやつか?
「大丈夫?」
「……あ、ああ」
戸惑いながら返事をする。彼女の顔を通して見える天井は、何事もない。光は拡散したのかもしれないが、天井までは届かなかったってことか?
疑問に思う間に、リーズは俺に告げる。
「魔族は……消えたよ」
「……そうか」
勝ったのか、俺。なんだか信じられない。
「最後の衝突で……光のずっと奥にいたファグラントが、ゼノの攻撃に飲み込まれて消えるのがわかった」
「……そう、か」
俺は上体を起こす。ちょっとだけこのままでいたかったけど、確認したい欲求が上回った。
迷宮の広間は、無事だった。あれだけの力の衝突でも壊れていないのは、ビックリだ。
そしてこの場にいるのはリーズとレト、そして俺だけ。本当に消えている。全て……。
「残っていた魔物も、消えちゃった」
「そっか……勝ったんだな」
「うん、勝ったよ」
「そっか」
天井を見上げる。魔物を吸い尽くして攻撃してきた相手に勝利……出来過ぎだな。
俺は笑いながらリーズと視線を合わせる。彼女は微笑で応じた。
「すごかったよ、ゼノ」
「……そうか?」
「うん、すごかった」
満面の笑みに変わる。俺はなんだか照れくさくなって視線を逸らし、立ち上がった。
「……さて、倒したんだ」
呟き地上への道を見る。結界は、当然ながら消えていた。
「もうこれで障害はないってことだよな……リーズ、そっちは大丈夫か?」
「平気だよ。レトの結界が最後まで守ってくれたから」
ドルアにも、感謝しないといけないな。
「よし、それじゃあ行こう……地上へ」
「うん」
彼女も立ち上がり、俺とリーズは並んで歩き始める。
いよいよ地上……とはいえ上がどうなっているかわからない。少なくとも人里はないみたいだけど、そうなると当面歩かないといけないのか。
ひとまずドルアのアドバイス通りに進むしかない……そう思いながら階段を上がり始めた。
太陽の日差しが階段の所まで降り注いでくる。正直まぶしくて足がもつれそうだった。リーズも同じなのか、手で目を覆いながらゆっくりと歩く。
俺とリーズは少しずつ進み……やがて、階段を上がりきった。
次第に目が慣れてくる。そうして次に目に入ったのが、風にながれる木々。
森の中、というより森の切れ目に迷宮の入口があるらしい。周囲を見回すと、左側に草原が広がっている。
……どうやら俺がイメージしていた地上で、正解だったようだ。
とはいえ、ここからが問題だ。太陽の位置は真上付近だけど……方角わからない。前世と同じように太陽が東から西へ動いているのであればなんとか方角を割り出せるかもしれないけど、そうでなかったら知る術がない。
「リーズ、町まで行く案はあるか?」
問い掛けると、彼女は考え込んだ。すぐには出てこないみたいだな。
俺の力でどうにか……と思ったが、戦いの直後でほとんど力が残っていない。
「……仕方がない。地上に出られたわけだし、ここで休憩しよう」
「うん、いいよ」
「けど、せめて川くらいは見つけたいな……」
さすがに水を飲みたい……そう考えながら、歩を進めた。
森の中を少し行くと、求めていた川を発見。非常に運がいい。
水をたっぷりと飲み、リーズから団子をもらう。これで体力は結構回復した。
「さて、これからどうしよう?」
「魔族は倒したから、ゆっくり調べればいいんじゃない?」
彼女の提案にそれもそうか、と思う。
思えば、別に急ぐ必要はないんだ。少し大変かもしれないけど、ゆっくり調べていこう。
「リーズの記憶についても調べないと」
「そうだね……けどそれは後回しでいいよ。ゼノはどうするの?」
……そういえば、地上に出たいだけでそれ以上の目的を考えていなかった。
まあ、魔族で飲まず食わずでもどうにでもなるし、その辺りもおいおい決めていけばいいかな……そんなことを考えていた時、
遠くから、馬のいななきが聞こえた。




