魔物の主
ファグラントの所作は一瞬――会話ができた騎士のような俊敏な動きで、俺達へ一気に間合いを詰めてくる。
俺の意識が戦闘モードに切り替わり、体が反射的に動く。相手が最初に差し向けたのは右手。それが拳を握るわけでもなく、ただ突き出される。
何をする気か――判別できないまま俺は対抗するべく右ストレートを振りかざした。双方の拳が迫り――激突する!
刹那、衝撃が俺の体を襲った。それと共にファグラントの目がわずかに細くなった。
「ほう、これに耐えるのか」
耐える? 一瞬疑問に思ったが、拳から微妙に振動のようなものが伝わってくる……どうやら、俺の攻撃に合わせ何かをしたらしい。
だが俺にはわからない……ともあれ、体は無事。しかもゼロ距離――俺は問答無用でビームを収束させる。
この状態で当たれば逃げられないし、仮に後退しても追える!
俺の意図を察したのかわからないが、ファグラントは拳を引き後退しようとした。そこへ目掛け俺はビームを発射する――相手の目が一瞬だけ開かれ、青い光に体が包まれた。
全力の一撃……しかし、ビームが通過した場所に、彼は何事も無かったかのように立っていた。
「さすが、総大将ってところか」
一撃とはいかずとも、今までの敵は大なり小なりダメージを受けたはずだが。
「効いてはいるよ。多少なりとも」
肩をすくめ応えるファグラント。嘘か真かわからないが、ひとまず無傷というわけではなさそうだ。
最初の攻撃を与えることに成功したが、やはり一筋縄ではいかない様子……ここで俺はまだ周囲にいる魔物を意識。
食い止めることはできるのか? もし体の動きを一瞬でも拘束できたら、相手に全力を叩き込むことができるけど――
悩んだ直後、体が勝手に動いた。手を振ると同時、周囲にいた魔物達が一斉にファグラントへ向かう!
「……なるほど、動きを止めるか」
こちらの策を看破した、とでもいうように彼は笑みを浮かべた。
「けれどそれは、通用しない」
対抗するように彼は腕を振った。刹那、驚くべきことが起こる。
今にも斧を振り下ろそうとしていたミノタウロスが――突然、白い光の粒子になった。
「え……!?」
後方にいたリーズが声を上げる。俺もまた瞠目した。ファグラントは魔物に触れてもいない。それどころか、軽く手を振っただけ。
ミノタウロスだけではない。周囲にいた魔物達が一気に消えた――階段を上ってきた味方の魔物がいとも容易く崩壊する。唯一残ったのはスケルトンと悪魔が一体ずつ。彼らは攻撃に一歩遅れ、だからこそ無事だった。
「――リーズを守れ」
俺は即座に悪魔とスケルトンへ指示を出す。すると魔物達は引き下がり、俺の後方へ。
何が起こったのか……満面の笑みを見せるファグラントに対し、俺はわずかに考え、
「……魔法の、道具か」
「ああ、そうだ」
頷き彼は左手を掲げる。その手首に赤い腕輪。それこそ、ドルアが語っていた魔法の道具か。
「ドルアから聞いているだろう? こいつには魔物を魔力として取り込む機能がある。封印されていた魔物は工夫が必要なので厳しかったようだが、自分や部下が生み出した魔物を取り込むなど造作もない」
そういうことか……俺はここで理解する。
階段を易々と上がってきたのは、戦わずして魔力を取り込んだからだ。道具さえあれば、彼は魔物に対しフリーパスで通行することができる。
「もうドルアの魔物はお前の後ろにいる二体だけだ。万策尽きたか?」
まだだ――胸中で呟く。先ほどの言動からして、どうやらファグラントは封印されていた魔物については取り込めていない。それが幸いか。
俺は呼吸を整える。魔物達を取り込んで……しかもその数は相当なもののはず。ならそれを消し飛ばし、ファグラント自身の魔力を引き出し、叩く。
俺は体に命令を出した――フルパワーだ!
直後、一気に体の奥から魔力が沸き上がる。どうやらその量、ファグラントでも驚いたようで、
「なるほど、ドルアが託すのも頷ける!」
こちらへ合わせるようにファグラントは力を膨れあがらせる――来る!
先ほどと同じように構図。相手が拳を突き出し、こちらもまた右の拳で対抗する。
再び両者の拳が激突した瞬間、ビリッと電流でも走ったような感触が腕の中に生まれた。おそらくだけど、俺の拳を通して体の内部を破壊するような攻撃だろうか? けど、痛みはないし効いてもいない。
それを相手は知ってか知らずか……ファグラントはそれでもなお、笑う。
対する俺は苦い顔をした――そういう演技をした方が、効果的だと思ったからだ。
「どうした? 俺には届いていないぞ」
ファグラントが言う。次いでさらに魔力を高め、
「俺にはドルアが生み出した魔物の魔力がある――勝ち目は無いぞ!」
やってやろうじゃないか! 心の中で叫び、俺はさらに力を上げる。
「まだ上があるか!」
楽しむように叫ぶファグラント――俺に倒せるかどうかまったくわからない。だが、ここでこいつを倒さないと無茶苦茶になるのは間違いない!
俺は咆哮を上げ、一気に魔力を奥底から引き上げる。一挙に解放された魔力を俺自身制御するのが難しいほどになり……構うか! 叩き込め!
ファグラントを見据え、拳を振りかざす。相手は避ける素振りを見せない――いや、ここで使い切れば勝利。なおかつ相手は受けられると確信しているのだろう。
――なら、まだだ。相手を圧倒するだけの力がいる。
三度放たれる拳。それを受けるファグラント――同時にピシリと弾けるような感触が俺の腕に伝わった。
「壊れないな、なかなか」
楽しむように――そこで俺は、さらに力を引き上げた。まだいける――そう自分に言い聞かせ、魔力を解放する!
その時だった。にわかにファグラントの目が見開く。
「――な」
まだ奥に力が――そういう感情を読み取ることができた。
だから俺は、撃ち抜く。刹那、拳に乗せた白光が魔族に突き刺さり、視界を一気に白く染め上げた。
「――ガアアアッ!」
雄叫び。それが確実にダメージを与えているものだと俺は確信し、後退した。
「ゼノ!」
そこへ、リーズが叫ぶ。気付けば背後から魔力。俺は即座に横へ跳んだ。
次いで、彼女が放った光弾がファグラントが立っていた場所に突き刺さる! ゴアッ――轟音が響き、さらに広間が光り輝く。
彼女の光弾はどうやら着弾したら上へと昇るらしく、俺の目からは火柱のように見えた。俺の全力にリーズの光弾。これで倒れていなければ――
光が途切れる。まだ白い火柱が上がり、俺はそれに対峙してじっと注視する。
「……前言を撤回しよう」
ファグラントの呟きが聞こえた。まだ生きているか……!
「ドルアが信用するなどというレベルでは無いな……俺の部下でも手に余るような力だ」
火柱が途切れる。ファグラントは健在だが……ダメージは確実に与えているはず。ただ致命傷には見えないが――
「お前を生かしておくのは危険すぎる。ここで始末しよう」
先ほどまでの余裕は消えていた。あるのは、俺に対する純粋な殺意。
「……レト、リーズを守るように結界を張っておけ」
俺はそう指示し、拳に力を集める。
ファグラントはそれに笑みを浮かべ――腕を振る。直後、ザアアア、と階段したから音が聞こえてきた。




