味方の魔物
休憩に使っていた書斎をスルーし、俺とリーズはひたすら元来た道を戻る。その案内はレト……ずいぶんと距離はあったが、問題なくリッチと戦闘した付近まで戻ることができた。
「まずはまだ魔物が下から上へ進んでいるのかを確認しよう」
足を動かし……到達した下り階段周辺に魔物の存在はなかった。
「移動は済ませたってことか?」
「そう解釈していいと思う」
リーズが同意。なら次は上り階段だな。
魔物が進んでいた道を歩くのは少し抵抗があったので、俺は自分達が通ってきたルートを辿る。一応できる限り足音は立てないように……しかし、そんな必要はないかもしれない。
俺はドルアに教えてもらったように、できるだけ魔力を抑えながら気配探知を行っているのだが、まったく魔物がいない。それこそ目的の物が手に入り、このフロアにもう用は無い、ってことだろうか?
途中、俺がいたフロアへ続く階段に到達……そこで、足を止める。
「この文字……」
「ゼノ? どうしたの?」
リーズの問い掛けに俺は答えないまま、紋様が刻まれた壁を眺める。
仮に……仮にだけど、ドルアが語っていた魔物……それがこの場所に眠っていたものだとすると、既に俺が倒している、という解釈にならないだろうか?
地底湖で出会った魔物など、相当強かった。そう考えると、俺が遭遇してきた黒い触手とか虎とかは……全部、封印されていた魔物?
「レト、封印されていた魔物の詳細はわかるか?」
「……知らないって」
リーズが通訳。肝心な部分はやっぱりわからないか。
これでは検証しようがない……まあ仮にそうだとしても、この場所以外にも同じような封印された場所があり、ファグラントがそれを取り込んでいるなんて可能性もある。油断はできない。
「……先へ進もう」
号令を掛けて突き進む。
俺はドルアの魔物に対し指揮権を持っているから、まずはそれを見つけないといけない……ただここで疑問が一つ。
今まで会話ができる敵はドルアを含め四体いた。ドルアを除き俺は全ての敵を倒したわけだが……彼らが指揮する魔物がどうなっているのか?
そして、ファグラントが部下を滅ぼされていることに気付いているのか……これは察していると考えた方がいいのか? いや、そうだとしたらこのフロアで何かが起こったと仮定して、調査のために魔物がいてもおかしくないよな?
思考が袋小路に陥りそうな状況で、俺達は曲がり角に到着。このフロアで最初に見た魔物達の隊列……けど、今は影も形もない。
いよいよ先へ……心の中で呟きながら、俺は角を飛び出した。魔物が隊列を成していた場所は、やや幅の大きめの通路。そこから先に歩を進め、ここでようやく上り階段を発見した。
俺は黙って階段に足を置く。リーズは黙ってついてくる。一瞬だけ視線を移すと、彼女はただ頷き返し杖を握りしめた。戦う意思が見て取れる。
そうして登り切った先にあったのは、前と左に続く通路。ここで気配探知をすると……。
「いた」
魔物の存在。左の道から感じることができる。
俺が探知できるレベルなので、距離はそう遠くない。一度リースと目を合わせると、彼女はコクリと頷いた。
もし敵であれば、問答無用で戦闘の可能性がある。しかし味方なら――俺は慎重に歩み出す。少しずつ進んでいくが、魔物側から反応は無い。
程なくして角に到着。気配を探ると、この角の奥にかなりの数がいる。
どうやら広間か何かがあって、そこに魔物が待機しているらしい……そっと俺は角から顔を出した。
そこに――直立不動で立っているミノタウロスと、それと向かい合うように待機するスケルトンの姿が。
しかもそれらが、淡い光を持っている……ビンゴだ。
「リーズ、味方のようだ」
俺はそちらへ歩んでいく。すると、ミノタウロスの一体がこちらへ体を向けた。
大丈夫か――不安になったけど、ミノタウロスは声を上げるだけ。次いでスケルトンが一斉に俺へと向いた……って、ちょっと怖い。
そして到達した広間だが……どうやら行き止まりのようで、俺達が通ってきた通路以外先へ繋がる道は見当たらない。
広間自体、学校の体育館くらいの広さがある。その中に待機するミノタウロスとスケルトン……さらに、ドルアのような翼を持った悪魔の姿もある。
数はおよそ……三百くらいか? これがファグラントの軍にとってどの程度なのかわからないが……俺達にとって相当な戦力であることは間違いない。
魔物達は、俺のことを見据え指示を待っている……とはいえ本当に命令を聞くかどうか、確かめなければならない。
「……座れ」
一言。するとガチャリと音を上げ、スケルトンが一斉に片膝立ちとなった。それにミノタウロスが続き、悪魔もまた同様の行動……おお、すごい、すごいぞ。
「すごいね、ゼノ」
同じような感想を持った様子のリーズ。表情を窺うと、目を丸くしていた。
「……これは、かなり有用だな」
上手く扱えば、一気に地上へ到達できるぞ。そこで俺はもう一度指示を出す。
「立ち上がれ」
一斉に立つ魔物達……とはいえ、このまま率いて行動するのはまずい。
かといって、この場で「魔物へ攻撃しろ」と指示を出しても……ドルアによれば同士討ちはないようだけど、ここで混乱させても、地上が遠ければ意味がないぞ。
「……ここから地上までの経路を把握している者はいるか?」
できれば状況確認したかったので問い掛けてみた……すると、一体の悪魔が手を上げた。
うおお、これは朗報じゃないか? なら――
「現在ファグラントがどうしているかなどについて、情報を持っている者は?」
別の悪魔が手を上げる。おおお、これはさらにいいぞ。
もしかして、ここからさらに迷宮の詳細などについても……そんな期待を込めながら、俺は手を上げた悪魔を手招きした。
――しかし、ここで一つ問題が。情報を得るには当然会話が必要だけど……できるのか?
悪魔が俺の目の前に。なら、
「……ファグラントがどうしているのか、報告しろ」
その言葉により、悪魔が身じろぎした。次いで何やら唸り声みたいな……って、おい。ちょっと待て。
もしやこれ、喋っているのか? だとしても、俺にはまったく聞き取れないぞ。
困った、と思った矢先、足下にいるレトが鳴き声を上げた。
「……え、もしかして」
「わかるみたい」
リーズが言う。や、やったぞ! ありがとうレト!
「なら、通訳を頼むよ……あ、リーズ。解説お願い」
「わかった」
悪魔からレトに、そしてリーズに。えらく面倒な状況だが、情報を得られるのだ。文句は一つもなかった。
さて、悪魔から情報収集なのだが……どうやら迷宮そのものに関しては何も知らないらしい。
ついでに言うと、上司であるドルアのことについてしか魔物に関する情報もない……どうやらこいつらはドルアが生み出した魔物っぽいな。よって、他の魔族について知らないのは無理もない。
生み出されたのも最近みたいなので、迷宮の知識がないのもわかる……まあ必要ないと考えたのかもしれない。
「最近生み出されたってことは、結構前から準備していたのかな?」
リーズが呟く。ああ、そういう解釈もありそうだな。
よって、俺が現状手に入れることができるのは、ファグラントの動向と地上への道……これでも十分な成果だ。俺としてはありがたい。
「では、その説明を頼む」
悪魔に指示。話し始めるとレトが通訳し、リーズが口を開いた――




