仮面の敵
俺達の目の前に現れた存在……最初目に入ったのは、頭部に位置する場所にある仮面だ。
口の端をつり上げ笑っているようなその仮面は、言い表すならばピエロのそれに近い。加え全身を黒マントで多い、どういう体格をしているのかまったくわからない。動くたびにマントをヒラヒラとさせ、その奥から炭化しているんじゃないかと思わせるくらいの黒い細腕を覗かせる……気味悪いな。
「なんだ? 迷宮に入り込んだヤツがいたのか?」
ケラケラと笑う仮面。不気味さは今まで遭遇した敵の中でトップかもしれない。
「で、そいつらと一緒にいるのは理由があるのか? 魔族と人間に、獣?」
「……このフロアにいたんで、魔法を使って利用しているまでだ」
ドルアが答える――ああなるほど。そういうことにするのか……でも、それを相手は易々と信用するのか?
疑問に思っていると、仮面はまたも笑う。
「そうか。まあいいよ。ただ使った後はきちんと処理しておけよ」
「無論だ……で、ラマッザ、首尾はどうだ?」
「上々だよ」
どこまでも笑い続ける仮面――もといラマッザ。変なヤツだな。
「それに、お前の面子も潰したからな」
「何……?」
「お前が探している物なら、俺が見つけたぞ」
その言葉に、ドルアは身じろぎする。
「もう既にファグラント様の所へ持って行った。残念だったな。手柄は俺のもんだ」
「……構わんよ。見つかればそれでいい」
「やれやれ、ずいぶん控えめだなあ……まあいいさ。これで目的は達した。ファグラント様の所へ行こうじゃないか」
……さて、ドルアはどうするのか。
「いいだろう……ただし、一つ注意点がある」
「注意?」
「先ほど探索していた際、封印から解かれた魔物と遭遇した」
「ほう、この変に一匹いたのか」
「他にも同じようなヤツが周辺にいるかもしれん」
「そいつは倒したのか?」
「ああ。力が減っていたのかどうにかな」
「ふうん、そうか」
と、ラマッザはくるりと俺達に背を向ける。後頭部は黒く、やっぱりどこまでも不気味だ。
「ならばさっさと戻ろうじゃないか」
「ああ、そうだな」
「そこにいるヤツらはどうするんだ?」
「戻ってから処置を決める。この魔族は使えそうだからな」
そう言って歩き始めるドルア。
「ついてこい」
俺達への指示だろうな。俺は黙って足を動かす。リーズもひとまず追随する気か俺の後方を歩き始めた様子。
そしてドルアがラマッザの所へ……ここで、違和感を覚えた。
同じ魔族と遭遇したのに、ドルアの態度がずいぶんと硬質になっている。単にソリが合わないのか、それとも他に理由があるのか?
疑問を胸中に抱きながら歩を進める。やがてドルアがラマッザの所へ到達した瞬間――気配が、生まれた。
それは紛れもなく、殺気。けれど俺やリーズに向けられたものではない――
刹那、予想外のことが起こった。ドルアの拳がラマッザへ放たれ、それを仮面が細腕を伸ばしてガードする。
ゴウン――と、重い衝撃音が生じた。次いでドルアの呻き声。
見れば、二本の腕に加え三本目――ラマッザの腕がドルアの脇腹を突いていた。
「お前のこと、ずっと気に入らなかったんだ」
ラマッザが言う。発せられる殺気から、笑っている仮面が狂気に感じられる。
「今回の件、お前はずいぶんと難色を示していたな。何か理由があるのか?」
「……答える必要があるのか?」
「言わないんだったらいいよ。俺も大して興味ない」
マントからさらに四本目――それをドルアは下がって回避する。だが狭い通路では思うように動けない。さらに言えば体格の大きさも不利になっている。
「お前の拳、受けてみたけどずいぶんと軽いなあ。もっと本気出せよ……ってか、できないのか。魔物の攻撃をしこたま受けたらしいなぁ」
嫌味ったらしく述べるラマッザは、ここで「アハハハハ」と奇妙に笑う。
「最高じゃないか。ムカつくやつをこの手で殺すことができる」
状況がまったく読み取れない……けど、俺がどうすればいいかは判断がつく。すなわち――
「お前達、手は出すな」
ドルアが告げる。ちょっと待て、なんで――
次の瞬間、ラマッザのマントがバサリと開いた。その奥から現れたのは、途轍もない数の、黒い腕。
それが一斉に、ドルアへ降り注ぐ――!!
大丈夫なのか――!? 直後、轟音が生じた。
爆発したような音だったが、それはラマッザが凄まじい勢いで拳を乱打し始めたためだ。ドルアは反撃するどころか逃げることすらできず、ただ拳を受け続けるだけ。
「ははははははは!」
狂気の笑い声を上げながらラマッザは拳を振るい続ける。俺はそれをただ眺めるだけで……やがて、攻撃が終わった。
ズルリ、とドルアの体が傾く。そうして倒れ伏した悪魔へ向け、ラマッザが言う。
「お前、裏切ろうとしていただろ?」
ピクリ、とドルアの体が反応した。
「ファグラント様は、そのことについてわかっていた……俺は命令を受けていたんだ。機会があればお前を滅しろとな。本当は道具を見つけ帰ってきた所を狙って袋だたきにするつもりだったんだが、手間が省けたな」
……もし彼と共に地上に行こうとしていたら、そういう結末が待っていたということなのか?
「お前はとっくの昔に見放されていたんだよ。ボロは出さないよう頑張っていたつもりのようだが、無駄だったな」
ドルアがなぜそういう行動に出たのかわからないが……目の前の光景は粛正、ってことか。
どうやら彼は本当に俺達を地上へ出そうとしていた……みたいだな。ただ彼に乗っかっていたら追い込まれていたのは間違いないだろうけど。
「ああ心配するな。使役しているこの人間共は俺が責任を持って処理しておく」
「……ゼノ」
ドルアが絞り出すように声を発する。
「こいつは窮地となれば転移して逃げる……倒すなら、一撃でなければならない。仮面を狙え」
「はっ、勝てないとわかって使役しているヤツ頼みか? 泣けるな」
ラマッザの仮面がこちらに向く。標的は変わった。
「……リーズ、下がってくれ」
俺は仮面と対峙する。逃げられたら俺達のことがバレてしまう……ドルアの言うとおり、一撃でなければいけないか。
ただこいつの能力がどの程度なのかわからない。仮に以前戦ったリッチなどと同じであるとしたら、勝算はある。ただ、一撃で倒せるかは微妙なところ。
それに、間合いを詰める前に全力を出した場合……戦わずして逃げられる可能性もゼロじゃない。なら俺がやることは、できるだけ引き寄せ一瞬で力を発し、渾身の拳を当てること。
瞬間的に力を引き出し、それを逃げる間もなく……それが求められる。
「じゃあ、さっさと片付けるか」
ラマッザがこちらへ向かう――よくよく見れば足が無くて浮いている。音も無く突き進むその光景を眺めながら、俺は拳を構える。
呼吸を整える。ラマッザの腕がマントからいくつも外に出て、ドルアに決めたようなラッシュを放つべく準備を進める。
それに対し俺は動かない。自分に作戦通りのことができるのかわからない……が、やるしかない!
ラマッザが間合いに到達。それと同時に俺は足を前に出した。
こちらの拳が届く距離。それは取りも直さず、相手の攻撃が届くことを意味している。
相手の攻撃を食らったら、まずいことになる――そう思いながら、ラマッザが攻撃しようとする様を捉える。
そこからは一瞬の出来事。俺は、相手を倒すべく、拳に力を集中させた――!!




