悪魔の思惑
時間にしておよそ十五分。終わったらしく、ドルアはこちらに振り向いた。
「結界について解説は終わった。魔力があれば魔法なども使えるようだから、指示すれば結界を構築してくれるはずだ」
それは朗報だ。
なんとなくレトを見ると大きく鳴いた。リーズに解説を求めると、
「これで結界が使える。指示してもらえればいつもでいいよって」
「強度とかは大丈夫なんだよな?」
「……教えてもらった内容がどういう結界を構築するかはレトもわかっているみたい。だから安心してくれってさ」
心強い発言だな。ていうか、ドルアに解説してもらった内容がわかるのか。
「レト、魔法なんかについて知識を持っているのか?」
ニャーと言いながら首を縦に振る。わかっているのか。
「それなりに、みたいだね」
リーズが通訳。何か困ったらレトに相談するのもありかな。
「ただし、一つ問題がある」
ここでドルアが説明。
「石に秘められた魔力とレトの魔力が分離しているようだが、石の魔力は使ったら終わりだ。結界は一度構築すれば長時間維持できるが、再発動する場合は多大な魔力を必要とする。使える回数としては一度や二度が限界だろう」
なるほど……俺が頷くと、悪魔が部屋の入口へ体を向けた。
「さて、そちらの用事は終わったわけだが、手伝ってもらえるか?」
「……まあここまでやってくれたんだから、協力しないといけないよな」
リーズの顔を窺う。複雑な心境みたいだが、恩は返さないといけないと思ったか、口は挟まない。
ドルアはこっちの言葉に「すまんな」と返答し、
「……先ほどの戦いだが、君達がいなければ危なかったかもしれん」
悪魔としてはずいぶんと低姿勢だなあ。本当に今まで遭遇した敵とは大違いだ。
「もし、私の目的が果たされるまで同行してもらえるのであれば、地上へ案内してもいい」
――驚いた。唐突な心変わりだな。
「本来なら先ほど言った三日間待ってもらうことになるだろうが……場合によってはそれよりも早く地上へ出てもらってもいい」
「ずいぶんと譲歩したな」
俺のコメントに悪魔は口の端を歪めた。もしかして笑っているのか?
「私も、色々とやらなければならないことがあってね……もしかすると君達がと協力することで、それが果たされる可能性があると考えたのだ」
ん、どういうことだ? 首を傾げたがそれ以上ドルアは語らず、俺に背中を向けた。
「話はこれまでだ。探索を再開するぞ」
肝心な部分は聞けずじまいだが……より早く地上に出られるとしたなら、それはそれで好都合。
俺は黙って悪魔の後ろに追随する――と、
「あなたは、何をしようとしているの?」
突然リーズがドルアに問い掛けた。
「……何を、とは?」
「もしあなた達がやっていることが人間達に対する戦争準備だとしたら、私達を地上に出すことはデメリットしかない」
お、おいおい。唐突に語り出したぞ……いや、ドルアと遭遇した時点で色々考えていたのかな?
「けれど、それを顧みずあなたは地上へ案内すると言っている……私が外に出たら人間に魔王が動いているという情報を伝えると推測できるのに」
ドルアは沈黙する……俺としても疑問に残る部分だけど。
「可能性としては二つ。一つは私達を騙すための罠。先ほどの戦いを見て危険だと判断し、始末するため地上に連れて行くと誘った。もう一つは」
リーズは悪魔を見据えながら続ける。
「あなたは今回の戦争に反対していて、裏切るような準備でもしている」
……普通に考えるなら前者だろう。
もしリーズの言葉により罠に掛けるのが目的だとしたら、この場で動き出してもおかしくない。先ほどの戦いでドルアは多少なりともダメージを受けているはず。全力でやれば、一気に――
悪魔の顔がこちらに向いた。相変わらず殺気がなく、その表情からは何も読み取れない。
対するリーズは杖を構える。その姿は元々彼女が所有していたように思えるほど様になっていた。
「……罠ではない、と言ってもこの場では信じてもらえないだろうな」
悪魔が言う。確かに口頭で言われても難しいよな。
「少なくとも、私が近くにいる間は、君達に危害を加える存在がないようにはする。今はそれでいいだろうか?」
「……警戒はするけど?」
「無論だ。こんな迷宮の中で出会ったのだ。それくらいはしかるべきだろう」
ドルアは一方的に告げると、歩き出す。
……リーズの言うことはもっともなんだけど、レトに結界構築方法を教えたりしているから、一概に言えないんだよな。間違った方法を教えたなんて可能性もゼロじゃないけど、どうやらレトは教授された結界については問題ないと言っているわけだし。
うーん、意図がわからなくて困惑するけど……かといって全面的に信用することも難しい。協力はするけど、ここはつかず離れずの接し方で対応するべきかな。
「リーズ、何かあったら俺が守るから」
こちらの言葉にリーズは目を合わせ、
「わかった……ありがとう」
杖を下げる。そこで俺はドルアの後を追うべく歩き出した。
以降、レトの保有する迷宮の知識などを利用し、調べていく。
ただ魔力のある場所が石のあった部屋以外になく……探索は難航した。
「見つからないな」
ドルアが呟く……俺達はどんな物を探しているのかわからないのでコメントのしようがない。
「だがまあ、このフロアにあることは間違いない……ひとまず休憩するか?」
俺達に提案してくる。この悪魔、ずいぶんと俺達に気を遣っているんだよな。
意図もわからないし不気味な面もあるんだけど……迷宮で目が覚めてからどこまでも情報が不足しているな。現状を認識することもできていないし……。
そんな境遇にため息をつきつつ、休憩。適当な小部屋を見つけそこで軽く食事を行う。といっても、書斎で手に入れた団子食べるだけなんだけど。
口の中にほどよい甘さが広がり、ちょっとばかり落ち着く。
「もしなかったら、どうするの?」
リーズが再び問う。ドルアはわずかに目を細め、
「他の場所を当たるしかないが……ともあれ、協力してもらった見返りはするぞ」
「本当に、地上へ案内してもらえるのか?」
「ああ。他の魔物に見つからないよう上手くやろう」
この話が本当なら、まさしく理想的な展開。俺は「わかった」と返答し、今後のことを考える。
地上に出られたら、どうしようか……リーズは魔物達のことが気になっているようだから、まずはこの件を解決するのが最初にやることかな。
ふと、ここで一つ気になることが。
「ドルア、この迷宮の出口周辺は、どうなっているんだ?」
「地上の話か? 私も直接見たわけではないが、平地や森が広がっているらしいぞ」
ふむ、町の周辺とかではないのか? 地上を歩き回るにしても、まずは人里を見つけることが必要になってきそうだな。
頭の中で算段を立てていると、ドルアが動き出す。通路へ向かって歩き出し……すぐに立ち止まった。
何が――訊こうとした矢先、通路から気配が。探知など行っていないのに明瞭にわかるその気配。どうやら相手が気配を隠すことなく魔力でも出しているようだ。
魔物か、それとも魔族か……ドルアは一度俺達のことを見た。隠れろという指示でもするのかと思ったら、もう既にバレていることを悟ったらしく、
「……何も発さず、立っていてくれ」
俺達にそう指示を出した瞬間、通路に魔力の発生主が現れた。




