初戦闘も突然に
部屋の外は、予想通り似たような石造りの通路だった。左右に伸びており、部屋の中と同じく熱くない変な炎が照明になっている。
薄暗く、ひどく不気味な景色なんだけど……不思議と恐怖はない。あれか、魔族だから暗くジメジメしたところが好みとか、そういうことなのか。
「えっと、どっちに行こうかな」
きょろきょろと左右を見回す。なんとなく心の中で千里眼的なものが使えないかなー、と思って目に力を入れてみたけど反応無し。無理みたいだな。
そうなると勘で進むしかない。なんとなく右の道を選び、歩き出す。
コツコツと靴音が響く。よく見れば足は黒いブーツだ。こんな物履いたことないのに、ずいぶんと足にフィットしているな。
さて、歩く間に色々と試してみる。小説では、こういう転生ものにいくつかセオリーがあった。それが当てはまるかどうか――
「えっと、まずはステータス表示とか?」
そう思って手を振ったりしてみる。あるいは頭の中でステータス出てこい、とか命令してみるが……出ませんでした。
無理か。そうなるとスキルを習得したりとかもできないかな? 習得しているスキルとか出てこいー、と思ってみたがやっぱり無理。うん、そういうのはないみたいだな。
あと思い浮かぶとしたら、特殊能力とか? パッと自分の体を見た感じ、取り立てて特徴があるわけでもない。試しに転がっている石を握って力を入れてみる。けれど、砕けるわけでもない。
足に力を入れたが、ものすごい勢いで走り出すこともない。うん、至って普通だ。拍子抜けするくらいだ。
他に候補があるとすれば……石造りの迷宮に不思議な炎。そして魔族とくれば魔法的な何かかな。
手をかざして念じてみようとして……何をどうすれば魔法なんてものが出せるのかわからないぞ。仰々しい言葉を並べ立てて使うとしたら、そんなの俺が知るわけないし。転生させるなら、せめてそのくらいの情報くれよって思うのは理不尽だろうか。
どうしようもないので調査はこのくらいにして……歩いていると、通路の奥が少し変わっていることに気付いた。近づくと迷宮が途切れ、自然洞窟みたいな岩肌が現れる。
ただそこにも明かりが存在し、全景が見えた……真正面に湖らしきもの。どうやら地底湖らしい。
「はあー、すごいところだな」
水場に近づく。底が見えないくらいには深く、なんだか吸い込まれるようだ。
水とかは平気なのかなと思い、俺は水辺に座り手ですくってみる。結果、何も起きない。
「ここまで無い無い尽くしだなあ」
魔族らしいけど、何ができるんだろう? いや、それ自体が俺の勝手な妄想なんて可能性も……。
そ、そう思ったらなんだかヤバい気がしてきたぞ。とりあえず行き止まりみたいだから、戻るとするか。
なんとなく慌てて来た道へ引き換えそうとした時……視線の左側に、動くものを発見した。
「……へっ?」
二度見した。ついでにそれが何かを悟った直後、グオオオオと雄叫びみたいなものが聞こえてきた。
……えーっと、虎みたいな外見をしてるんだけど、体毛が赤くって、しかも気持ち悪いくらいギラギラと光る白い目が俺のことを凝視してますね。
なんでこんな洞窟に虎なんだよというツッコミを心の中でして……一つ思った。
まずくないか? これ。
――オオオオオオ!
おい完全に威嚇してるぞ! 戦えるかどうかの検証すらできないままいきなり敵と遭遇かよ!
と、はたと思い直す。待てよ……あれは迷宮の魔物ってことでいいんだよな? なら魔族の俺ならどうにかして従わせられないかな?
「……おい、魔物。言うことを聞け!」
オオオオオオ!
あ、駄目だこれ。完全に敵意に満ちている。俺の命令を聞く気なんてこれっぽっちもなさそう。
背中にちょっとだけ嫌な汗が出てくる。おう、俺の体が危険信号を発しているな。
どうしようかと悩んだ瞬間……雄叫びを上げながら虎が突っ込んでくる!
「うおおおおっ!?」
相手に負けじと声を張り上げながらどうにか回避――全身の筋肉をフルに使い、盛大に横に跳躍。見事虎をかわした!
が、あいにくこっちには攻撃手段がない! あったとしてもどうすればいいかわからない! よし、とにかく逃げよう!
全速力で走る。けど大人が走る程度の速度しか出ず、運動不足なのかわからないがすぐに息が上がってしまう。
おい、魔族のくせにそれらしいこと何もできてないぞ! どうするんだよこれ!?
その時――ようやくそれっぽいことが俺の身に起こった。
背後から、自分の命を奪おうとする存在が迫る。
気配感知みたいなものだと確信した瞬間、俺は振り返った。
そこにいたのは、俺の首元に食らいつこうかという、口を大きく開けた虎の姿。距離、実に二メートルほど。
あ、これ死んだんじゃないか?
そんな言葉が他人事のように浮かんだ。景色がスローモーションになり、前世の記憶が走馬燈のように……って、勘弁してくれ!
あとは食われるだけ――そう思った瞬間、俺の体が生き残るために動き始める。せめてもの抵抗……俺は右手を前に突き出した。
そしてとにかく何でもいいから魔物を吹き飛ばす攻撃を、と強く念じた。咄嗟に思い浮かんだのは、記憶の最後に見ていたアニメ――
刹那、右腕が突然熱くなった。何事かと思う間にも虎が近づき、俺が突きだした右腕に当たりそうだった。
けれど次の瞬間、右手が青白く輝いた。右腕全体が焼けるように熱を持つと共に光が虎へ向け撃ち出される。
それは虎の体を覆うほどの巨大な光線――って、
ビームだこれ!? 俺今、手からビーム出してるぞ!?
その威力はどうやら凄まじいようで、魔物がビームに飲み込まれながら形を無くしていく。やがて光が途切れ、呆然と立ち尽くす中……魔物の姿は影も形もなくなっていた。
「や、やったのか……?」
しかし、衝撃的だった。右手を見ると、シュウウ、と音を上げ手のひらから白い煙が上がっている。
けど、痛みはない……しかしまさか、こんなファンタジー世界の初戦闘でビーム撃って敵を倒すことになるとは。
「……ま、まあ敵を倒したからよしとするか?」
気持ちを取り直すべく呟き、息を整える。
初戦闘はわけのわからないまま俺の勝利に終わった……これからどうしよう。
来た道を戻るか、と最初は思ったが、さっきの戦いで相当緊張したせいか喉が渇いた。
「とりあえず水でも飲んで考えるか」
再び地底湖に近寄る……あ、もちろん周囲を警戒しながら。