時が止まった部屋
レトの案内により、一枚の扉に辿り着いたわけだが……ドアノブに触れようとした寸前、扉自体に何かしら力が加わっているのがわかった。
「罠……じゃないか」
刺々しい気配は皆無。俺は少し注意を払いながらドアノブに触れ、開けようとした。
だけど、ノブが回らない。それどころか、うんともすんともいわない。
「おい、これどうやって開ける――」
言いかけた時、パチンと弾けるような音がした。それにより扉に存在していた力が、消える。
「……何が起きたんだ?」
「扉、というより部屋全体にかかっていた魔法が消えたんだと思う」
妙に冷静なリーズのコメント。俺は彼女を見返し、
「部屋に、魔法?」
「うん、たぶん」
コクコウ頷くリーズに加え、レトもまた頷いている。
俺では判断付かないけど……まあいい、入ってみよう。
念のためいつでもビームを発射できる体勢を整え……ドアノブを回すとあっさりと開いた。
ゆっくりとドアを動かす……と、中は予想外の光景が広がっていた。
「これは……」
一言で表すと、書斎だろうか。天井はそれほど高くないのだが、壁際には本棚が並び部屋の中央にはいくつものテーブルと椅子が。その上には本が積み重なって置いてあり、この書斎の主がさっきまで調べものをしていたように思える。
「……部屋の主は、どこか別の所に行ったのか?」
ここで猫の鳴き声。
「主様は、たぶんもういないんじゃないかって。封じられてからずいぶん長い時間経っているみたいだし」
「……ちょっと待てよ。だとしたらなんでこの部屋はさっきまで人がいたみたいな状況なんだ?」
「さっきの魔法のせいじゃない?」
つまり、魔法によってこの部屋の中の時間を止めていたとか、そういうことか?
そう考えるとなんだかすごいんじゃないか? レトの主ってやつは。
俺はなおも外から部屋の中を観察。時が止まっていたというのは、埃などが積もっていないことからも間違いはなさそうだ。加えて罠の類いもなさそう。
「……入ろう」
中へ。リーズが後に続き扉を閉めると、どこか冷たい空気を感じた。
ただそれは魔物と遭遇する時のような畏怖はない。むしろ俺達を歓迎しているようにも感じられる。
中を見て回ると、奥に一枚扉を発見。そこを確かめると、ベッドが一つ置いてある部屋が。個室らしい。そのベッドも当然のごとく綺麗で、シーツが取り替えられた直後のようだった。
「とりあえず休めそうかな?」
さすがに動き回ってリーズも相当疲労が溜まっているだろうし……魔物がこなければ当分ここにいてもよさそうだ。
とはいえ彼女の食糧問題があるのでずっとここにいるわけにもいかない。書斎に戻るとリーズは本棚を見て回っており、話し掛けてみる。
「リーズ、ベッドがあるから休んでも構わないよ」
「ゼノは?」
「俺は平気だから」
寝られそうな気もするけど、このまま活動していても問題ない。
一方案内してくれたレトは床をトコトコと歩き回っている。正直ずっと見ていたいくらい。
あ、ただ一つ……俺はレトに告げる。
「レト、もしここを出る時、案内だけは頼むぞ」
ニャーと一声。リーズによれば「まかせて」とのこと。
よし、ひとまずここで休憩といこう……俺はリーズにそう言い、部屋の中で過ごすことにした。
さすがにぼーっとし続けるのもあれなので、適当に本棚の書物を手に取りパラパラとめくってみる。ちなみにリーズは食料を多少口に入れて眠った。
本の内容だが、まったく読めないのでこの迷宮についてのヒントは結局得られない……そもそも迷宮に関する書物がないのかな? 中身を読んでも計算式っぽいものや、なんだか魔法陣みたいな絵柄があるものばかりだし。
「目が覚めてずいぶん経つけど、結局情報はないままか……」
読んでいた本をテーブルに積み上げながら、ため息をつく。横を見れば歩き回るのに飽きたのかレトが丸まって眠っている。時折尻尾を振る仕草は、愛嬌がある。
リーズが眠る前に色々尋ねてみたのだが、迷宮の構造を多少ながら知っていても迷宮自体がどういう意図で存在しているのかや、主がどういう存在だったのかを詳しくは知らない。仲間も増えているが結局肝心な部分は不明なまま。他の誰かに訊くしかない。
「といっても、迷宮内はヤバそうな感じだしなあ……」
地上に出て人間などを襲おうとしている……なんて可能性もありそうな状況で、これ以上迷宮の詳細を得るのは厳しいか?
かといってここに来るまでに確認した敵を全て相手にするのはさすがに……ため息を吐きながら椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げる。
「そもそも、なんで俺はこんな迷宮に呼ばれたのか……」
いや、その発想が間違いで理由なんてないのだろうか? 前世の小説とかによくあった異世界転生ものでは理由があったりなかったりだった。俺の場合後者なのか?
どこまで考えても結局結論は出ないまま。頭をかき一応他の書物を調べてみよう、と思った時、レトが目を開けた。
「起きたのか?」
尋ねるとレトは何も発さず立ち上がる。それからしばし俺と目を合わせ……おもむろに床へ下りた。
そして本棚へ近寄っていく。何事かと思いながらついていくと、部屋の角に当たる場所で立ち止まり一声鳴いた。
ここに何かあるのか? 疑問に思いながらちょっと本棚を探る。ここでレトは突如足から上り始め、器用に俺の右肩に乗った。
なおもガサコソしていると、本棚の上の方でレトが鳴く。この辺りに何かがあると?
そこを重点的に調べると、本棚の奥にわずかだが切れ目が入っている場所が。
「あ、これってもしかして……」
試しに押してみると、くぼんだ。
同時、ゴゴゴと音が鳴る。横を見ると本棚が少し移動し、その先に通路があった。
「隠し通路か……」
レトはこの中に入れと言いたいようだ。猫と伴って中に入ると、そこには仰々しい大きな宝箱が一つ。
「おお、なんだかダンジョンっぽい」
そんな感想を呟きながら調べる。特に力は感じないので、罠とかはなさそう。物理的なものだったら感知できないけど、まあ俺なら平気だろう。
留め金を外し、中を開く。そこにあったのは――
「……腕輪?」
銀色の腕輪が一つと、何かが入った手のひらに収まる大きさの皮袋。宝箱の大きさにしては入っているものは小さい。
手にとってみる。腕輪は結構大きく、俺の手首でもブカブカである。この部屋の主は相当な大男か、それとも人外なのか。
そして袋の中身は……ん、なんだろうこれ。親指半分くらいの大きさの、木の実みたいなものだ。
レトに解説を求めたいところだが、会話ができないのでリーズが起きるのを待つしかない。とりあえずこれはもらっておくとして……部屋を出て、仕掛けを戻しておく。
「さて、これからどうするかな」
迷宮でも結構奥に来た雰囲気なので、少しばかり様子を見たいが……リーズが起きたら相談することにしよう。そう心の中で決め、俺はやることもないのでひとまず目を通していない書物をあさることにした。




