封じられていた魔物
「……少なくとも、あんたと戦うつもりはない」
「ほう?」
興味深そうにリッチは答える。
「人間を引き連れていることから考えても、貴様はファグラント様の配下ではあるまい。ということは、この周辺を根城にしていた魔族か?」
おお、結構情報が出てきたぞ。
ファグラント、というのがリッチが仕える存在の名前か。さらに周辺に存在していた魔族、というセリフから考えると、この迷宮は広くて、ファグラントは俺達がいる場所に目を向けていなかったということか?
「……ああ、そうだな」
話を合わせるべく同意する。
「ふん、なるほどな。物好きもいたものだ」
物好き? 疑問に思ったが口を挟むとヤブヘビになりそうだし、何も答えないようにしよう。
「では、その人間は何者だ?」
「……この周辺に迷い込んだ人物だ」
嘘は言っていないぞ。
「わけあって、同行してもらっている」
「ずいぶんと変わった同胞だな」
……とりあえず、敵意はない。ど、どうにかなりそうか?
ついでに言えば、俺はリッチにとってどうやら部外者としての扱いだ。これなら、なんでスケルトンが列を成しているのかなど、理由を聞けるんじゃないか?
「えっと、だな。どうしてあんなにたくさん魔物がいるんだ?」
「気になるか? だが、答える必要はないな」
冷酷な声音。うお、地雷踏んだか?
「何も知らなければ、私も面倒だから消したりはせん。おとなしく私の前から消えろ」
さて、どうしよう。
「……消えろって言ってもさ」
俺は頭をフル回転させ、言葉を紡ぐ。
「あんだけ魔物が移動しているんだ。外にだって出られないだろ?」
「残念ながら、それは無理だな」
断言。ついでにリッチは歩み始める。
「私も用があるので失礼させてもらう。だが、私の目の前に再度立ちはだかったのであれば、容赦はせんぞ」
俺はリーズの手を引きながらリッチを避けるように移動。相手はそのまま俺達の横を通り過ぎ……ついでに、後続からスケルトンが出現。
ただ、その見た目は今まで見たものとずいぶん違う。具体的に言うと鎧を着ている。精鋭ってやつかな?
そうしてリッチはあっさりと立ち去った……とりあえず戦闘がなかっただけでも良かったな。
ただ、気になることが地上には出られないという主旨の発言をしていた……つまり自分達が地上へ出ようとしているから無理だということみたいだけど……。
さらに、話した内容からすると俺達がいるこのフロア周辺に元々彼らはいなかった雰囲気。ということは、元々いなかった場所から地上へ出ようとしているってこと。何の意図があって?
情報は得たけど、断片的で結局解明まではできないな。
「ゼノ、どうするの?」
ここでリーズが口を開いた。
「先へ進む? それとも戻る?」
「……さっきの魔族の所へ向かう気はないな。進むしかなさそうだ」
リッチが進んできた通路へ。しばらく真っ直ぐ進むと、左右に道が延びていた。
右は真っ直ぐ進みどうやら奥にリッチと遭遇した時のような広間みたいな場所に繋がっている。その先がどうなっているかわからない。
「……左へ行こう」
なんとなく勘で選択し、リーズは無言でついてくる。角を曲がると、そこには扉が。
ただ、ちょっとだけ隙間が生じており、開いているのがわかる。
敵がいるのか――などと思った矢先、扉の奥からニャー、という鳴き声が聞こえてきた……って、え?
「ね、猫がいるのか?」
まさか、などと思いながら扉に手を掛けようとする。が、これは罠で扉の奥にいるのはライオンみたいな凶暴な魔物、なんて可能性もある。
俺はビームをいつでも発射できるように構えておき、扉にゆっくりと触れる。そして勢いよく扉を押して、中を確認――
「あっ」
リーズが声を上げた。俺達の真正面に……一匹の、猫。
「……リーズ、猫だよな?」
「うん、そうだね」
神妙に頷く彼女。とりあえずこの世界にも猫はいるのか、などと思いながら……観察する。
部屋は小部屋と言って差し支えない規模のもので、猫以外に目に付くものはない。肝心のその猫は小さく、見るからに足が短い。前世の品種で言えば、マンチカンとかそういう種類に属する見た目である。
と、猫がふいに俺達に近寄ってくる。トトトト、と短い足をせわしくなく動かして俺達の足下に……か、可愛い。
猫は最終的にリーズに近寄った。ニャー、と鳴き声を上げるとリーズは笑みをこぼしながら猫を抱き上げる。
見た目、とりあえず害はないみたいだけど……黙していると猫がニャーと鳴き声を発しリーズを見る。
……気付けば俺の目の前に癒やしの空間ができた。子猫を抱き上げるリーズの姿は、それは無茶苦茶ほっこりする。なんだかこの空間だけ輝いて見える。
「でも、なんで猫がここに?」
首を傾げ疑問を呈すると……リーズから返答がきた。
「えっとね、なんでも突然目覚めて魔物がいるからここに逃げこんだみたい」
……ん?
「ちょっと待て、逃げ込んだ?」
「うん」
ニャー、と鳴く猫。それによりリーズはさらに続ける。
「魔物を封印していたらしいだけど、それが突然解除されてこの子も目覚めたみたい」
「……確認だけど、会話ができるのか?」
「そうみたい」
あっけらかんと述べるリーズ。俺にはただ鳴いているだけにしか聞こえない……そもそもなぜ彼女が会話できるのかとか疑問を挟む余地はいくらでもあるけど……話が進まないからよしとしよう。
で、封印された魔物? ついでに言うとこの猫がそいつらを封じていた? ということは、結構すごい猫なのか?
「おーい、猫。お前はどうしてそういう役目を与えられたんだ?」
通じるのかな、と思いつつ訊いてみると、再びニャーと応じる猫。
「名前はレトだって」
「……レト、どうしてお前が封印することになったんだ?」
「えっとね……この迷宮の主様が自分を生み出し、そういう役目を与えたって」
迷宮の主?
「その主の名前は?」
「……主様だって」
名前知らないのか?
「ファグラントという名前ではないのか?」
「……違うみたい」
通訳するリーズは猫を一度抱き直す。
「自分はただ指示を受け、封印のために眠っていただけ。それ以上のことはわからないって」
……封印とか言っているから、元は強い魔物だったのかもしれないけど、今の見た目からは力なども感じられないので戦闘能力とかはないと考えていいかな。
そして情報は有益ではあるんだけど、不安要素ばっかりだな。魔物の軍がここにいることに加え、レトが目覚めたってことは封印されていた魔物だってどこかにいるわけだ。うーん、やっぱり早く外に出ないとまずそうだ。
「ゼノ、この子どうする?」
リーズが尋ねる。俺はレトを見ると、相手はつぶらな瞳で見返してきた。
「そっちが何かやらなければ、俺達は何もしないよ。で、そっちはどうしたいんだ?」
「……ついていくって」
「わかったよ。リーズ、頼む」
「うん」
頷くと、レトは突如リーズの腕の中で動き始め、地面に降り立った。そして短い足で懸命に迷宮の中を歩き始める……ずっと見ていたいと思えるくらいにはほんわかする光景だ。
と、ダメだな。ここで油断してはいけない。俺は気を引き締め、リーズと共にさらに進むことにした。




