魔物の行軍
さて、三つの通路がある場所まで到達して、俺は迷わず真っ直ぐ歩く。目指すは先ほど見つけた上り階段である。
周囲を警戒しながら俺とリーズは進んでいくが……異常はないな。というか騎士も倒し、なおかつスケルトンも思う存分倒しまくったというのに、不気味なくらい静かだ。
騎士が言っていた準備とやらに追われているのか? ただ兵士らしき魔物に指示を出していたヤツを倒してしまった以上、敵には魔物を倒す俺のことは認知しているはずだ。あとはいつどこで戦闘が起きるのか、かな。
そのまま俺達は歩き続け、やがて魔物と遭遇することなく階段に到達した。
「こっから上は俺も行ったことがない」
と、リーズに前置きする。
「当然何が起こるのかもわからない。さらに、この迷宮では何かが起きている……警戒は緩めないように。いつでも自分の身を守れるようにしてくれ」
「わかった」
コクリと頷くリーズ。妙に愛嬌があって、そんな仕草も可愛く見える。
年齢的には前世の俺とそう変わらないくらいなのになあ……と、いかんいかん。移動しよう。
慎重に階段を上がる。できるだけ足音を立てないようにし、リーズもそれを察したか音を殺すように進む。
少しすると階段が途切れ、左右に分かれた通路が。ただここで変化が。何やらカチャカチャと音がする。
「……何だ?」
その数はずいぶんと多い。足音としてはスケルトンかな? それが絶え間なく聞こえているのだが……規則正しいから、隊列でも組んでいるのか?
「あっちかな」
リーズが指差す。それは右方向。
「……確認した方がいいよな」
呟き、俺はリーズを伴い進む。音は相変わらず鳴り止まず、なんだか嫌な予感がしてくる。
俺を狙う魔物達じゃないよな……? 内心不安に思いながら角に到達。隠れながら角の向こうを窺うと、
「……多いね」
リーズが最初に感想を漏らした。
予想通り、音はスケルトンが歩く音だったのだが……リーズの言葉通り多い。俺の視点からは左から右にどこかへ向かっているのか列を成して歩んでいる。
で、いつまで経ってもそれが途切れない……おいおい、なんだこれは。
「まるで、軍隊だね」
リーズが評する。軍、と聞いて俺はなんとなく不安を抱いた。
俺が倒した魔物の群れ……あれが軍の一部だったということなのか?
「ねえ、もしかして」
と、リーズはどこか不安げに呟く。
「あの魔物達は、地上に向かっていて……外に出て地上を侵略しようとしている、とか」
……あ、あはは。あはははは。いやいや、まさか。
心の中で乾いた笑い声を上げる俺。つまりそれはあれか、俺は迷宮そのものに喧嘩売ったことになるのか?
嫌な予感がヒシヒシとしてくる。このまま魔物を倒し続ければ間違いなく死亡フラグ直行だろう。かといって戻るのも厳しい。
それに――
「このまま放っておいて、いいのかな?」
リーズとしては当然、そういう見解を抱くよなあ。
魔族である俺には関係ない、と言ってしまえばそれまでなんだけど……元は人間という俺からすると、もし人間と魔族が戦争したら、勝ってほしいのは人間かなあ、と思う。
でも、だからといってたった一人で軍に挑むなんて無謀な真似はできないぞ。
「もし上へ行き、人間に伝えるにしても……相手より先にこの迷宮を抜け出せるとは思えないんだよな」
俺達はこの迷宮の構造さえわからない。しかも魔物達が上へ向け進んでいる最中だとしたら、どう考えても俺達は彼らと戦わなければならない。
うん、どうやっても絶望的な未来しか見えてこないな。
リーズへ視線を向けると、厳しい表情をしていた。人間達が危ないと考えていながら、この状況では何もできないことに悔しいのかもしれない。記憶を無くしても、正義感的な感情は残っているようだ……元々こういう性格だったのかもしれないな。
しかし、さすがに隊列を成して進んでいる魔物の所へ進んで無事に済むとは思えない。よって、
「戻って左に進もう」
「……わかった」
どこか不満げなリーズ。俺だってなんとかしたい思いはあるけどさ。仕方ないじゃないか。
ただまあ、この迷宮を別の出口から抜け出せるなんて可能性もゼロではない。わずかな可能性にかけ、俺達は先へ進むことにしよう。
そういうわけで左の道へ……と思った矢先、一つ気になることが。
「ん?」
俺達が上ってきた階段。その入口周囲の壁に、複雑な紋様がこれでもかというくらいに刻まれている。
例えば俺の背後にある石壁は何の変哲もない灰色なのだが、階段の周辺だけ様々な色が……よくよく見ると、文字か?
ただ、色もバラバラでずいぶんとカラフル。これは壁に文字を書くというか描くというレベルで、芸術性があるように感じられる。
「リーズ、これ読める?」
なんとなく壁面の文字らしきものを指差してみる。だが、
「ううん、無理」
否定された。人が扱う言語じゃないのかな?
ま、どっちにしろ無理なのだからあきらめよう。で、これにいったい何の意味があるのかを考えて……情報もないし調査は無理か。うん、とりあえず無視しよう。
そういうわけで左の道へ。少し直進した後左へ曲がる。右の道と異なり、魔物の足音は聞こえない。
このまま魔物に見つからず進めればいいんだけど……心の中で呟いていると、やがて開けた場所が見えた。
そこに到達したのだが……誰もいない。そして俺達の正面にさらに奥へ続く通路が。
ふとマッピングとかした方がいいのかなと思ったのだが、現在のところそこまでする必要性もないか……?
「どうしたの?」
リーズが問い掛ける。俺は「何でもない」と応じて、先へ進もうと足を前に――
その時だった。突如コツ、コツ、と靴音が響き始める。それは真正面の通路から聞こえるもの。
「……一度戻るか?」
十中八九魔物だろうし……引き下がろうとした矢先、
「そこにいるのは誰だ」
太い男性の声だった。ヤバいと思ったがもう遅い。通路の奥から相手が姿を現す。
全身をボロボロの黒いローブで覆っている……魔物。手には木製の杖。ただその先端部分にはいくつもの宝石が埋め込まれており、高そうだなと直感的に思う。
魔物と断言できるのには明確な理由がある……簡単に言うと、フードの奥にある顔が骸骨だからだ。
そして目に相当する部分に青い光が……ついでも杖を握る手も骨。うん、あれだ。アンデッドの中でも相当強いと称される、リッチさんと出会ってしまったんじゃないか?
「同胞と、人間一人か」
淡々と、事実確認を行うリッチ。
「なぜここにいる? この奥の通路では魔物達が行進しているはずだが」
……さすがに「騎士とかあんた達がけしかけた魔物を倒して階段上ってきました」とは言えない。
こっちが沈黙していると、リッチは杖で床をコンコンと鳴らした。
「まあいい……では、一番重要な質問をさせてもらおう」
俺に関することか? それともリーズについてか?
ただどれを質問されても俺には答えようがないぞ。というか何を言っても襲いかかってくる未来しか見えないし――
「貴様は私の敵か? 味方か?」
同時に、こっちにじわりとした嫌な気配を漂わせる……威嚇している。ついでに言うと、リッチが通ってきた通路の奥から、さらに足音が聞こえてくる。どうやら配下らしい。
どうするのか……このまま黙っていれば戦闘になるのは間違いない。よって、意を決し俺は口を開いた。




