あまりに唐突な転生
――ふと目を開けると、パチパチという火が燃える音と一緒に、見たこともない石の天井が目に入った。
「……ん?」
なんだろう? 何が起きたか理解できないまま、ぼーっと天井を眺める。
少なくとも部屋にあるベッドの上じゃない……背中に当たる感触はゴツゴツとしており、布団だってかぶっていない。
えっと、何がどうなっているんだ? 夢の中かな? けどそれにしてはずいぶんと感覚がリアルだな。
疑問が頭の中にいくつも浮かんでは消える……とりあえず起きよう。
上体を起こす。周囲を見回すと、真四角の部屋だった。壁に一つたいまつらしき物があり、部屋唯一の光源となっている。
次に自分が寝ていた物を確認。これは――
「……棺桶?」
どうやら棺桶の中で眠っていたらしい。もうこの時点で色々と理解不能なんだけど……ひとまず首を傾げながら立ち上がる。
そこで一つ気付く。なんか目線が高い。俺の本来の身長、平均よりもずっと下だからな。なんだか違和感があるな。
再度部屋を見回す。棺桶以外に何もない殺風景な室内で、床も壁も天井も全て石でできている。棺桶は木製……かな? 他にはたいまつしか目立つ物がない――なんとなくそれに手を近づけてみるが、熱はまったく感じないし、手をパタパタと振っても炎が揺れない。
どうやら単なる火ではないらしい。なんだこれ?
疑問ばっかりなのだが、それでいて妙に冷静な部分が頭の中にあった……で、そうした部分がこれは夢ではなく、現実なのだと認識させる。
「って、いやいや。あり得ないだろ」
とりあえず今日何をやったのか思い出してみる――えっと、目覚まし時計に起こされた後に朝食をとって、制服に着替え自転車で学校まで行った。いつものように授業を受け、弁当を食べ、午後から眠いのを我慢して……もとい、うたた寝しながら授業を受けた。
放課後、友人の誘いを断って家に帰ってきた……そうそう、録画していたアニメを見ようと思ったんだ。ロボットものでストーリーも山場。宇宙空間の中、多数飛び交うビームをかいくぐり、主人公機が宿敵に決戦を挑む――
「……あれ?」
そこから先の記憶がなく、気付いたらこの部屋で寝ていた。
……まったくもって理解不能だ。
ただなんとなく思う……えっと、これが現実だとしたら……もしや、これは小説とかによくある転生とかいうものではなかろうか。まさかそういうことが本当に起きるとは。
そこまで考えると、今の自分の姿が頭の中に浮かんできた。全身黒一色で身を包み、髪と目の色まで黒。さすがに肌の色は黒とはいかず、ここだけはずいぶんと白い。顔立ちは……普通、かな? うん、可も無く不可も無く。そういうことにしておこう。
棺桶やら白い肌やらで吸血鬼を連想したが、どうやら違うらしい……頭の中で「魔族」という単語が浮かんだ。ふむ、魔族か。人外転生ってやつか。
頭の中でずいぶん冷静に考察する俺。なんだろう、本来なら転生なんてことが自分の身に起こるなんて無茶苦茶なわけで……しかも人間ではなく魔族。飛び上がるほど驚いてもよさそうなんだけど……唐突な展開に頭がついていけていないのか。それともこの体そのものに何か冷静になる特殊能力でも備わっているのか、変に頭はすっきりしている。
そしてここはどこなんだ? 魔族って回答が返ってきたのでこれについても頭の中で質問したけど……えー、「わからん」って返答がきたぞ。ずいぶんテキトーだな!
ただ魔族、そして石で作られた部屋……この時点で当然、元の世界じゃないんだろうな。その辺り質問してみたら「今まで住んでいた場所とは違う、異世界」って返答が。そっか、異世界か……。
なんとなく元の日常に帰ることはできないのかと自問してみると、はっきり「無理」と回答が返ってきた。そう断言されるとすごく悲しいんだけど。
「……しかし、なんでこうなったんだ?」
別に俺、死んだわけではないよな? いや、もしかすると記憶にないだけで車にひかれたとか、あるいは心臓でも止まって倒れたのか。
アニメを見ていて記憶が途切れたわけだけど……うーん、わからない。
色々悩んだけど、結論は出ないまま。夢だったらさっさと覚めてくれとか思ったけど、手の甲をつねってみたら普通に痛いし、やっぱり現実っぽいな。
それで、何をすればいいのか……頭の中で呟いたら「とりあえず動け」と言われた。まあこの部屋でやることもないだろうし、従いますか。
意を決し、部屋にある扉に目を向ける。きっと外は石造りの通路とかなのだろう……なんとなくだけど、迷宮が広がっている気がする。
うーん、情報がなさすぎる……転生するのは百歩譲っていいとしよう。だが神様、いきなりなんの情報もなしに迷宮の中はあり得ないんじゃないか――あ、待てよ。魔族に転生したんだから、この場合やったのは魔王とかだろうか? でも目の前にそういう存在が現れて指令を出すなんて気配もないぞ。結局何がしたいんだろう……。
勇者に転生したりするのとはずいぶんスタートが違うなあ……愚痴をこぼしたくなる衝動を抑えつつ、俺は扉を開けた。