そして同じ人に恋をする6
結局朝までそのまま居た。
外は雨が降っているのに、日が差している。
「ごめんなさい」
「いや。今日休みで良かったね」
僕がそう言うと、彼女は安心したように微笑んだ。
「紅茶の用意をするから」
「私が…」
「良いよ。こう見えて、紅茶には少々うるさいんだ。ゴールデンルールとかね。と言うのは冗談だけど、僕がやるから休んでて」
「でも…」
「騎士道だよ。アーリーモーニングティー。ダージリンで良い?」
「騎士が、朝女性のベッドまで紅茶を運ぶというお話しね」
結局彼女もキッチンに来て、パンを焼いている。
冷蔵庫の中には、3日分くらいの食料を用意して京都に出かけたみたいだけど、僕が料理なんかするわけない。
ゆりさんが来てくれて、助かった。
「美貴ちゃんと一緒にお買い物したのよ。作るのは私だから」
彼女は一度家に帰って、また夕方来てくれた。
僕は、その間少し眠った。
「今日は、バッハね」
バッハのゴールドベルグ変奏曲。
グールドさんの演奏だ。
歌ってる…
ピアノも歌ってるけど、彼も歌ってる。
「食事の時は変えるから…何かバッハって食事しながら聞いてると、罰当たりな気がする」
彼女は少し笑って。
「宗教音楽が多いからかしら?」
「天上の音楽だよな」
食事の仕度がが出来た。
今日は、カキのトマトソースパスタに、チキンのクリーム煮、ミネストローネにサラダ。
「うーん、今日の料理だと、やっぱり、イタリアワインの白か」
アルゲロ・テッレ・ビアンケを開けた。
日曜日、美貴が帰って来た。
「ゆりちゃんありがとう。お兄ちゃんのお守り大変じゃなかった?」
彼女は、少し笑って、
「園児のお守りで慣れてるから」
コラコラ、何がお守りだ。
「美味しい物を食べさせておけばご機嫌なのよ。オムライスとか焼きそばとか、ハンバーグとか、子供みたいなのも好きよ」
「うちの園児達みたいね」
「2人っ切りでどうだったの?新婚さんみたいだった?」
「何言ってんだよ。何も聞いて無かったから、びっくりしただろ」
「だって、ゆりちゃんに来て貰う、なんて言ったら、良いよ、って言うに決まってるもの」
まあ、普通そう言うだろう。
妹の留守に女の子と2人っ切りなんて…
まだそんな関係じゃないし…
まだ?
どうも僕は、性的行為に罪悪感が有るみたいなんだ。
潜在意識に、何か有るらしい。
だからか、好意を持っていても、なかなかそういう関係にはならない。
普通の男なら、好意を持っていなくても、あんな状況ならなんとかなっているはずなんだけど…
ツインソウル…もう一人の自分のような相手。
考えている事が同じだったり、言わなくてもわかったり…
ツインソウルが結ばれると、本当に幸せだと言うけれど、別れるツインソウルだって居る。
課題が終われば別れたりもするんだ。
課題が結婚の場合も有るけど、離婚する場合も有る。
ツインソウル…究極の愛の学び…
僕達はお互い、過去世の記憶のせいで、相手を失う事を恐れているらしい。
今日美貴は、ゆりさんと彼女の友達と3人で食事だそうだ。
夕食の仕度はしておくから、温めて食べて、と言っていた。
僕が外出先から会社に戻ると、来客らしい。
「おい、待ってるよ。女の人」
「???」
「久しぶりね、洸貴」
麗華だ。
パリに留学してた時、一緒だった。
日本人同士という事で、すぐに仲良くなったんだ。
麗華は、自分のペースで強引にグイグイ引っ張るタイプで、気づいたら半同棲のようになっていた。
「久しぶりに会ったんだから、食事ぐらいご一緒できるわよね?」
「美貴が作ってくれてるからな…」
「また妹?!変わってないのね」
それでケンカして別れたんだった。
美貴が、美貴がって、妹と私とどっちが大事なのよ?!
そうなふうに言われて…
僕は、比較の対象にならないと思うけど、彼女はそれが許せないらしい。
「なんなら、俺と行く?」
「良いわよ。3人でも」
結局3人でフレンチレストランに来ている。
「92年のシャトーマルゴーの赤にするわ」
「俺、ワインはわかんないけどさ…うわっ、高っ」
「何ですって?このくらいのワインご馳走しなさいよ。経済力の無い男はダメよ」
そう、いつもこんな感じなんだ麗華は。
「え?洸貴と寄りを戻す気だって?」
「あれから、色々な人と付き合ったけど、洸貴が一番良かったのよ」
「良かったって、H?」
「この人下品ね」
「そんな言い方良くないぞ。ごめん拓真。まあ、お前もストレート過ぎだけどな」
そう、パリでも、僕がなかなかその気にならないので、麗華はイライラしていた。
彼女は、パリのカフェで働いていて、そこで日本人の僕に声をかけて来たんだ。
「洸貴、送ってくれる?」
「悪いけど、それは出来ないよ」
「どうしてよ?良いじゃない」
「もう、そんな関係じゃないだろ」
「もう一度やり直したいのよ」
「洸貴彼女居るもんな」
「へー、彼女ね…この人自分からは行かないから、女の子の方から強引に行かないとダメなのよ」
「そういうタイプじゃなさそうだぞ。まあ、俺は一回会っただけだから、良くわかんないけどさ」
「どんなタイプよ」
「ちょっと品の良い、おっとりした感じかな。昔からそういうタイプが好きだったもんな」
麗華とは全く違うタイプだ。
なのに、何故かこういうタイプの女性に好かれる事が多いんだよな。
僕がパリから帰国すると、麗華も追って来た。
日本に帰ってからも、しばらく付き合っていたけど、僕が逃げ出したんだ。
美貴とも仲良くしてくれる人じゃないと…
結婚を考えるような相手なら、尚更だよな。
まあ、まだ結婚なんて考えてないけどね。
うーん…
結婚したいと思う相手が現れたら考えるのかな?
今は、まだ考えられない。
美貴の方が先かも知れない。
そしたら僕は、どうするんだろう?
「お前も、いい加減妹離れしないとな」
「そうよ、妹と結婚出来ないんだから」
帰り道、麗華は少し酔っているようで、僕にもたれ掛かってきた。
「大丈夫か?俺が送って行こうか?」
「結構よ」
しつこく言い寄る麗華を、タクシーに乗せて帰した。
「なかなかの美人だけどな、性格キツイな麗華さん。ありゃ、お前とは合わないよ」
やれやれ…麗華のやつ、何で今頃現れたんだ?
寄りを戻したい、だなんて…
だいたいパリに居た時だって、相手の気持ちは関係なくて、自分一人突っ走るから、勝手に僕の部屋で暮らし始めたんだ。
ま、優柔不断な僕が悪かったんだけどね。
家に帰ると、もう12時を回っていた。
美貴は、まだ起きているようだ。
灯りが付いている。
「お帰りなさい」
「ただいま。まだ起きてたのか?」
「ゆりちゃんと一緒に瞑想してたのよ」
「お帰りなさい」
「ああ、お兄ちゃん…」
「どうした?」
「女の人の匂いがする」
そう、美貴は異常に嗅覚が良い。
「何処行ってたの?まさか、キャバクラとか?」
「まさか…会社に麗華が来たんだ」
「麗華さん?」
ゆりさんが不安そうな顔をしている。
「えっ?…こんな事言ったら悪いけど、私あの人苦手だわ」
まあ、僕も苦手なタイプだけど…
「で、どうして麗華さんの匂いがするのよ」
「拓真も一緒だったんだ」
「麗華さんの事、ゆりちゃんに話して良いのね」
「昔の話しだし、別に良いよ。僕はお風呂に入って寝る。二人とも早く寝ろよ」