003
夕食の準備をしているとSNSアプリが、甲高い着信音を携帯電話という器から鳴らしていた。
夕食の準備を一旦止め、差出人を確認する。
差出人は天照紅で、俺の聖遺物が随分と気に入ったようでお礼のメールといった所だろう。
内容は俺が渡した聖遺物ーーすなわち、昨日買ったエロ本の内容が大変によかったと、こと細かく詳細に内容が描写された文章を送りつけていた。
俺が書店でーーそれこそ将来一生を共に生活する人のために結婚指輪を選ぶかのように吟味した至極の逸品であり、周りの痛く恥ずかしいものを見る蔑んだ視線に耐え、買った一冊だ。
正直、俺が見たかったエロ本ではあるのだが、昨日の事件が影響してどうにも見る気がしなかった。
「お礼に、今度おごってくれよな」
少年は自分の見る気になれなかった聖遺物を他人に押し付けて、本人はたわいのない会話の一言程度に思ったのかもしれない。
けれど、それが少年にとって分岐点であり、今後の人生を左右するキーポイントであることを、このときは誰も予想だにしなかっただろう。
「なら、たこ焼きでいいか?」
「あぁ、全然構わんよ」
意外にも、それもあっさりと了承された。
聖遺物の力は偉大だと少年は感服したが、その後に送られてきた一文に悪寒に晒されることになる。
「今、直斗のアパートにたこ焼き持ってお邪魔しようと思ったら、エロ本に出てた女の子がお前の部屋の前に居てな……。
これは、そういうことだったんだな。
で、いくら払ったんだよ。羨ましいぜ……。
その子にたこ焼き渡したから、食べさせてもらえよ。こんちくしょーー!!」
普段なら苛立ちが止まらないだろうが、今の俺には背筋に氷を流し込まれた後のように、全身の悪寒が止まらない。
そっと肩に手を置かれる。
肩に掛かる重みは重さという概念をなくし、体と同化していくようだった。
俺は、その恐怖に屈しーーーー。
「うわぁああああーーーー!!」
あっけなく、惨めで見窄らしいまでの情けない悲鳴をあげ、その場に体を竦めることになった。
「おいおい、そんな驚くことはねーだろ。メンドクセーな。
まぁ、仕方ねーか。不法侵入だもんな、これ」
見慣れた姿にお馴染みの動作で、倦怠感を表していたのはーーやる気のない勇者だった。
ーーなんで、生きているんだ。
ここは現実だ。
アニメやゲームの世界では死んだ人間が生き返るなんてのは定番中の定番ではあるが、現実世界でそんなことができるなんてーーーー。
身体中が痙攣を起こしたように痺れ、声を発することもできず、指を指すことしかできなかった。
男は状況の全てを察したのか、少年の溝内に自らの拳をねじ込むと。
「悪いな、これも仕事なんでね」
男の声は淡白で、簡素で、味気なく言葉を投げ捨てたようだった。