022
騒がしい教室にいる気持ちも起きず、俺は昼休みになると購買で菓子パンと紅茶を買い、屋上に向かう。
この時期になると、人は殆どいないので今の俺には大変好都合なのである。
ーー誰かに肩を鷲掴みにされる。
慌てて振り返る。
「なんだ、お前か」
「お前って何よ! それより志奈が元気ないんだけど。あんた何かしたでしょ!!」
志奈の親友と自称している篠原凛花だった。ほっとすると同じくらい鬱陶しくもある。
「なんもしてねーよ。第一、凛花様の世話になるようなことは、こっちから願い下げだ」
「そんな言い方ないじゃない! あたしは、あんたより志奈のことを大切に思ってるんだから!!」
「てめぇに、何がわかんだよ!!!!」
「何がって、何よ……」
「お前、志奈のためになんでもできるのかよ」
「なんでもって……。由紀、あんた何かあったの?」
ーーこんな奴に当たって何になる。
こいつが志奈のことを思ってくれているのは本心なのだろう。
何故、こいつが頬を赤らめているのかは全く理解できないが、どうでもいい。
「悪い、一人にしてくれねーか」
「ちょっと……。少しは私を頼ってくれたっていいじゃない」
何もかも忘れたい俺は、屋上で一人きりになれると安心しきっていった。
だが、そんな些細な願いも叶わぬようでーーーー。
「お兄ちゃん、隣いいかな?」
「あぁ、ってか。なんでお前がいるんだよ」
「来ちゃった」
「来ちゃったってなー。凛花といつも一緒だろ? あぁー、そうだったな」
きょとんとした妹の姿を見ると、何故かほっとしてしまう。
悪夢を体現した現状を味わったというのに。
お弁当箱を可愛らしい姿で広げる妹を愛らしく思う。
何気ない姿の一つ一つに品があり、粗雑な俺とは生まれが違うのではないかと思ってしまう時さえある。
「何見てるの? お兄ちゃんの分もあるから心配しなくていいよ」
俺に気を使ってなのか。これまた随分豪華な弁当が二つ用意されていた。
随分と肉がメインの弁当が一つあるが、俺のことを気遣ってなのだろう。
牛肉や豚肉が無駄に入った弁当を妹から受け取る。
「すまないな」
「ううん、迷惑かけちゃった私の方が……ごめんね」
一番辛く、現実を受け止めきれないのは妹のはずなのに……。
人の死体を見た直後では肉が喉を通るはずもなく、誤魔化すために話したかった話題を切り出すことにした。
「俺な、今日はバイト休もうと思ってるんだ。風呂場のアレをお前一人で処理させるわけにもいかないからな」
「それはダメだよ。お兄ちゃんに、これ以上迷惑かけられないよ。私の問題なんだし……」
妹は一人で死体の処理をするという、俺のために殺した死体の処理をすると言っているのだ。
俺はどうやって妹が殺したのかもわかっていない。それなのに妹なら、どうにかしてくれるんだろうと安心してしまう自分がいる。
それでも、俺は妹のために動くことを決めた。
「お前だけの問題じゃない。いいや、これは俺の問題だ」
「お兄ちゃん、何を言って……」
「俺は、お前のためなら何でもするって決めたんだ。例え、それがどんなことでもだ」
妹はその場で泣き崩れる。
俺は、そっと抱きしめる。
「もっと早く、こうしてやれなくてすまんな」
「ううん。ありがとう、お兄ちゃん。気づいてくれて」
何かが倒れる音がした。
けれど、廃れたスピーカーから流れる予鈴に、容易くそれは掻き消された。




