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「ボクの志奈から、離れろぉおおおおおおおおお!!」


 目を血走らせ、よだれを吐き散らす人物は手元の凶器を振りかざしてきた。


「てめぇ、何すんだよ!!」

「ボクっの、ボクの志奈ちゃんと一緒にいるから悪いんだよ!!」


 男は何かに取り憑かれたように凶器を振り回し、俺は左手を負傷した。


 ドクドクと傷口からは血液が溢れている。

 斬られた部分は熱く、同時に少しづつであるのだが頭が真っ白になっていく。


 ーー志奈だけは助けないと。


「逃げろ、志奈!!」

「でも、でも、お兄ちゃんが……」

「そんなん、どうでもいいんだよ!! お前さえ無事なら」


 柄にもないことを口にした。


 この時、俺は志奈を見捨てて本音を撒き散らして、惨めで見窄らしく逃げていけばよかったと今後のことを考えれば思わざるを得なかっただろう。


「お前さえいなければ、僕の志奈ちゃんは志奈ちゃんはーーーー!!」

「お兄ちゃん……。それ以上、お兄ちゃんに酷いことしないで!!!!」




 嘘みたいな、いつもの日常がそこにはあった。


 昨日の惨劇なんて、黒いワイシャツについた白いシミやホラー映画のフィルムに混じったロボットアニメの一枚絵と同じように常識じゃ考えられない状況だった。


 首が無くなった人間の断面から、濁流のように溢れ出るドス黒く鼻につく異臭ーーーー。

 思い出すだけで、吐き気が止まらなくなる。


 動かなくなった屍が俺に触れたときに感じた汗の感触や皮膚の生暖かさが、今にも鮮明に思い出される。


「おはよう、お兄ちゃん」


 耳元で甘ったるい声が囁かれる。


 驚いた挙句、ベットから転げ落ちて頭を強打する羽目になる。


「大丈夫?! お兄ちゃん」

「あぁ、三途の川を渡りかけたがな」

「お兄ちゃん、面白い冗談いうね」


 クスクスと笑っている。

 いつもの妹ではあるのだが、どうして妹が目の前にいるのだろうか。


「何、ぼぉーっとしてるの? 朝ごはん冷めちゃうよ」


 疑問点は解消されぬまま、いつもの朝食を迎える。

 二人きりの見慣れた朝の風景だ。


 ーー俺が志奈を守らないと。


 小さなガキの頃から誓った幼き日の願いを、俺はまた叶えられないでいた。

 あの時と同じ、妹に助けられるなんて、俺は、俺は……。


 朝食が喉を通ることもなく、空きっ腹のまま二人で学校に向かう。

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