011
案の定ーー容易に抜け出すことができた俺は、エロ本が置かれているコンビニに向かっていた。
昼の陽射しの暖かさもどこへやら、夜にあるのは肌を刺すような冷たさと、どこか悲しい月明かりだけだった。
あの日と同じ、エロ本に関係する夜であるため、不穏なことが起こらないか少々不安で仕方ないのでもある。
だが、エロ本を前にした男子高校生には些細なことで、女子高生ものではなく女子大生ものを手にした俺の前に敵はいない。
あえてーー女子大生のお姉さんのレジに並ぶ勇気もなく、ヒゲ面に頭部がいくらか寂しい中年体型の店員で会計を済ましたことは触れないでおいて欲しい。
心から、その点は読者に頼みたい。
数週間ぶりのエロ本を手にした俺は、重さという概念が存在しない世界の住人になったような錯覚に陥ったのか、足取りが軽い。
それこそーー路地裏から女子大生が物凄い形相で近づいてくるのも気付かずに鼻歌なんて歌っていた。
この時の少年は残り時間のことばかり考えていたのか。
後ろから何かを押し付けられるまで気配に気づくことはなくーー地面に倒れる際に咄嗟にエロ本を盾にしたために、グシャリと聞きたくもない音を耳にするのである。
「てめぇ! 俺の大事な…………」
「なんで……。なんで死なないのよ?!」
俺は唖然とした。
鉄パイプで後ろからド突かれだけで死ぬ人間がどこにいるのだろうか。そんな人間そうそういない。
ましてや、鉄パイプが鋭利なもので切られていたら腹部からは蛇口を捻るように流血して出血死になっているが、ただの鉄パイプで死ぬ訳がない。
ーーいやいや、まさか。そんなことある訳ないじゃないか……。
脳裏をよぎった恐ろしい考えを掻き消そうと、冷静な心ーーエロ本を読む前の清らかな心で状況を整理することにした。
目の前にいるーー普段なら素人女子大生もので出てきそうな容姿をした妖艶な女性はその面影を無くしており、見えない絶対的な恐怖に怯えているようで。
手足をガクガクと震わせて地面にへたれ混んでいる。
それもーー全てを諦めたかのように高らかに嘲笑いながら。
「あの……大丈夫ですか?」
「何が大丈夫なのよ。あんたみたいな童貞のせいで、私は死ぬのよ? それも」
突如、悲壮に顔を歪めて絶望を注ぎ込まれたように目を充血させるとーー血を口から反吐のように吐き出し、耳を裂く悲痛を撒き散らしながら空に縋り付こうと必死にもがくも掴むものはなく。
女子大生は身体を何度かヒクつかせると息絶えていた。
ーー誰かの悲鳴が聞こえる。
辺りは騒然とし、現実が非現実となった瞬間でもあった。
腰が抜けて動けない者や立ち去る者もいれば、SNSに投稿しようとカシャカシャと写真を撮る者までいた。
他人の死に様がそんなに物珍しく楽しいものなのかと間に触る部分もあったのだが。
血まみれになった自身とエロ本をどうすればいいのか思考を巡らせている間に、聞き慣れたサイレンがすぐ側にまで近づいていた。
そして、白と黒に装飾された国家権力の象徴から、見慣れた人物が降りてきた。
「おめぇ、あいつとの同棲が嫌でついに殺っちまったのか? まぁ黙って捕まれよ、メンドクセーからよ」
身の潔白を証明することもできず、手錠を掛けられた状態で車に入れられると、赤色警告灯は音を立てて車は走り出した。




