表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ことだま幸わうこの国で  作者: 桃々藤
4/46

今日の日常〜筍〜2

「おやぁ?与彦よひこさん」

「アキ殿、ますます母君に似て来られましたな」


与彦と呼ばれるその人は、山伏姿に烏のような顔をしている、いわば『烏天狗』です。小さな羽扇を仰ぎ、小さな小さな旋風つむじかぜを起こしています。

その風は、妖艶な女性のところまで届き、黒髪をなびかせます。


「あら?与彦様ではありませんか」


女性が与彦に笑顔を見せました。


「ハル殿、今日は女子おなごになっておるのか」

「はい〜、どうです?」

「うむ、このまま山に連れ帰りたいほどだ」

「あらやだ〜」


ハルは口を手で隠して静かに笑いました。

それを見ていたナツとフユは、宙返りをして花魁に変幻しました。

しかし、やはり違和感があります。


「ナツ、顔が獣のままですよ」

「う〜ん、むずかしいです」

「フユ、声を出してごらんなさい」

「おにぃさ〜ん、よってかな〜い?」

「低すぎます。腹に響くほどの重低音ですね。それでは女の子とは言えません」

「う〜ん、むずかしいです」


これを見ていた与彦は、お腹を抱えて笑いました。


「いやいや、先よりは出来ておるぞ」

「そうですねぇ、出来てるよぉ」

「え?ほんと?」

「わたしたち 、りっぱな びゃっこ になれる『そしつ』があるのかもね」

「私に言わせれば、まだまだ足元にも及びませんよ。お前達、精進を怠らぬように!次は男の子に変幻です」

「はぁい」

「はぁい」


狐の特訓を見ながら、アキと与彦は話を続けました。


「どうなさいましたかぁ?こんな辺鄙な場所にいらっしゃって」

「相変わらず気の抜ける喋り方じゃな。実はな、筍を持ってきたのだ」

「おやぁ?筍ですかぁ?」


与彦はどこからともなく、筍の入った袋をアキの目の前に出しました。その中には、たくさんの新鮮な筍が入っています。


「朝に採れた筍だ。先日、誠にうまい饂飩うどんを馳走してくれた礼だ。我らが豊前坊ぶせんぼう様も、大層うまいと喜んでおられてな。あの『おあげ』なる食べ物がうまいと言っておられた」

「あらぁ、わざわざありがとうございますぅ」


アキはハルを呼び、筍を渡しました。


ハルは軽く宙を舞い、妖艶な女性から勇ましい男性へ変幻しました。


「次は男の子に化けよった!」

「私は何にでも化けますゆえ」


ハルはそう言って、またふわりと宙返りをしました。すると次は、与彦の姿に変幻しました。


「なんと!」


与彦は、ハルが化けた『自分』をまじまじと見ました。そして与彦は、花魁らしからぬ花魁二人に声をかけました。


「野狐や、この姿を真似できるか?」

「はい!」

「はい!」


二人は高く宙返りをして、与彦に化けました。


「ナツ、上手にできましたね。獣の耳が出ている以外は合格ですよ」

「やったぁ!」

「フユ、声を出してごらんなさい」

「おにぃさん、よってかなぁい?」

「言葉の選択は置いておいて、上手にできましたね。きちんと特徴を捉えていますよ」

「やったぁ!」


ナツとフユは、いつもの子供の姿に戻って大いに喜びました。


ハルは、与彦からもらったたくさんの筍を軽々と持ち上げました。


「うむ、良いものを見ることができた。それでは、我はおいとまする」

「あらぁ、もうお帰りですかぁ?」

「うむ、山へ帰って、小天狗どもを鍛えてやろうと思うてな」

「それはそれは、お手柔らかにぃ」


与彦は黒い翼を広げて、羽ばたこうとした時、ハルが与彦を引き止めました。

ハルは急いで家の中に行き、白い大きな袋を持って出てきました。


「これを、お土産にお持ちください」

「なんじゃこれは?」

「油揚げです。少し火で炙って、生姜醤油を垂らすと、良い酒の肴になりますよ」

「なんと!おあげとは何と万能なのだ!豊前坊様が舌鼓したつづみを打つ姿が目に浮かぶぞ」


与彦は悠々と翼を羽ばたかせ、満足そうな顔をしながら飛んで行きました。


与彦を見送った四人は、家の縁側で筍の皮を剥き始めました。が、


「ごしゅじん、わたし、このままたべたい」

「わたしも」

「私も、生で食べとうございます」

「灰汁は取らなくていいのぉ?」

「はい」

「はい」

「はい」


ハル、ナツ、フユは、皮付きの筍を美味しそうに齧り始めました。


「あなたたち、食べても大丈夫?」

「さすがは英彦山ひこさんの筍。大変美味しゅうございます。ご主人は召し上がりませんか?」

「いやぁ、私達人間は、生で筍を食べないよぉ」

「なんと、人間とは可哀想な生き物ですね。こんなに新鮮な筍を、新鮮なままで食べぬとは……」

「ごしゅじん、かわいそう」

「でも、わたしたちは ごしゅじんが すきです」

「か、かわいそうねぇ……」


苦笑いを浮かべるアキなのでした。



一方、豊前坊率いる天狗達はーー。


「なんと!なんとうまい油揚げじゃ!これ!酒を持てーい!」

「はっ!」

「香ばしい油揚げと、風味豊かな生姜醤油とのこの相性は、最高ですな!」

「豊前坊様、筍と油揚げを醤油で煮てみました。一味をふりかけ、どうぞご賞味ください」

「うむ!うまい!油揚げとはなんと万能なのだ……」

「この油揚げは、我々を虜にしますな」


油揚げに舌鼓を打つ天狗達でした。



与彦と小天狗達はというとーー。


「うむ、今日の修行はここまでじゃ!」


与彦は小天狗達を鍛えましたが、


「なぁ松千代まつちよよ、今日の与彦様、優しくなかったか?」

「そうだな梅千代うめちよ。いつもより辛い修行ではなかった。一体どうなされたのだろう?」

「与彦様は朝から、アキ様のところへ出掛けたそうだ。きっとお疲れなのだろう」

「そうなのか竹千代?」

「アキ様のところか、いや待てよ……」

「どうした梅千代?」


梅千代と呼ばれる小天狗は、同じ小天狗の松千代、竹千代に小声で言いました。


「案外、アキ様のおかげかもしれぬぞ」

「ん?どういうことだ梅千代?」

「教えてくれ梅千代」

「いや、もしやの話だがな……」


と話しているところに、与彦が小天狗に話しかけました。

「何を話しておる?夕餉ゆうげの支度はできておる。今日は皆の好きな、キツネ饂飩だぞ。風呂もできておる。皆で共に入ろうぞ」

「は、はい」

「今参ります」

「今参ります」


その日、日が暮れるまで小天狗に優しい与彦でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ