船影
真っ暗な倉庫群は濃霧に包まれており、視界がほんの10メートルぐらいしか利かない。
その中に代わり映えのない巨大なレンガ造りの倉庫が幾重にも立ち並んでいる。
日本が鎖国してから約150年の月日が流れており、深夜ともなると入港してくる船影はほとんどなく、既に積荷を降ろし終わった何隻かのタンカーが停泊しているぐらいである。
外国籍の船はここ何十年と見かけなくなっている。
その海上にも濃霧が漂っており、陸と海の境界をわかりづらくしている。
大気はじっとりと湿っており、無風状態であり、波の音もほとんどない。
レンガ造りの巨大な倉庫の平らなコンクリート製の屋根の上に5人の人影があった。
高さは約5メートルほどもあり、2階建ての家ぐらいの高さである。
そのうちの1名が双眼鏡を手に海上の様子を伺っている。
「監視局が言った海上5キロ先に魔力を検知したという情報は本当なのか。」
双眼鏡を構えた男が言った。
「すぐに途絶えたらしいが、我々の魔力探知の能力を疑うというのかな。」
監視局から来たと思われる男が背後から呟いた。
「別にあんたたちの能力を疑うわけじゃないがね。前回の大戦以来、この国に不法侵入できた外国人は皆無と言われている。まあ例えできたとしてもこの国で外国人が一人で生きていくのは不可能だがね。」
「確かあんたら警備局の側にもお抱えの外国人はいたかと思うが。」
「ふん、それは準国民として国が認めた人間だけだ、しかも奴らは皆特殊能力をもっており、我々と同じいわゆる化物だよ。」
「璃人、しゃべりすぎだぞ。ちゃんと見張れ。」
双眼鏡の男の背後からハスキーな女の声が響く。
璃人と呼ばれた男は、すぐに押し黙り、海上の監視に注意を再び向けた。
監視局から警備局に対して、魔力検知の連絡があったのが2時間前、警備局の各支部に出動の命令が下り、付近の港には警備局の各チームが派遣されていた。
一般の船であれば、監視レーダーですぐに検知できるが、この世界にはその網を掻い潜るものの存在があった。
「むっ巨大な何かが近づいてくる。」
先程の女が驚いたように呟いた。
「そんな、何も見えないぞ。」
璃人が呟いた瞬間、霧の中から巨大な豪華客船と思しき外国船が浮き上がってきた。
不気味なことに明かりは一切ついていない。大きさにして10万トンはあろうかという船である。
こんな濃霧の中、明かりもつけずに運行してくるなど普通ではありえない。
「まずいぞ、どこの国籍か知らんが、この日本国への不法侵入は食い止めねばならない。」
黒装束に身を包んだ女は、いきなりその不気味な船影に向かい、屋根から一気に飛び降りた。
約5メートルの高さから躊躇なく飛び降りるなど、それだけでも一般人でないことが見て取れる。
「お嬢、危険だ。先に我々が行く。」
背後にいた者たちのうち、小山のような大男が立ち上がり、女の後に続いて飛び降りる。
その後を璃人と呼ばれた男ともう一人の男が続く。
「私は監視局の人間なので、手荒いこと苦手です。ここから本部へ状況を報告させていただきますよ。」
監視局から派遣された男は、ブツブツと呟くと、耳に取り付けた無線機を操り、不審な侵入者を発見した旨の連絡を本部に入れ始めた。




