7 日曜の怫欝
人を殺すなんて…簡単な事だよ
とっても綺麗な夕焼け空なの…
今年はね、大好きな金星もずっと見えてるし…これで、頭痛さえ無かったらいいんだけど…ね。
まだ紅葉の季節には少し早いけど、すぐそこの公園に見えてるイチョウやケヤキの葉先は、それでもほんのりと黄色くなってる。残暑よりも涼しさの方が身に染みるようにもなってきたし…もうそろそろ、秋本番なのよ。礼奈、頑張ってるかな…
あのね、礼奈、公立の高校を目指してるの。だから、まだちょっと時間はあるんだけど…最近ね、とっても疲れてる気がする。だけど、あたし……何も出来なくて…
でも、でもね? 心配だけはかけないようにって、あたし、頑張ってるのよ。礼奈、律儀に通ってきてくれるんだもん。その間くらいは楽しめるように、ね。出来ない事を悩むなんてらしくないし、だったら出来る範囲で励ましてあげたいのよ。
「ですが、無理はいけませんよ。美星さん」
小さな、丸顔のヴェストルが顔を覗かせてる。その表情はにこやかなんだけど、藍色の深い瞳はとっても真面目にあたしの事を心配してくれてた。
「うん! ありがとう、ヴェストル。でも、でもね? 頭痛や吐き気がどんなに辛くたって、礼奈やヴェストルの事を考えたら…あたし、我慢出来るのよ」
そう、ちっとも無理なんてしてないわ。ほら、素敵な笑顔を見たら嫌な気分なんて消えるんだもん。どきどきして…とっても『幸せ』になれるのよ。
ヴェストル、そっと…でも、しっかりと指先を取ってくれる。
…とっても、温かいんだもん。
「…ありがとう」
「はい?」
あたし、真っ赤になって囁いてた。
「ありがとう…いつも、来てくれて。ありがとう……こんなに傍に居てくれて…」
「…はい」
当然ですよ、なんて、ヴェストル、もう言わないの。そんな事、二人共よく分かってるんだもんね。
そっと、引き寄せてくれる…
…あたし、心の中で続けてた……
ありがとう…あたしを『好き』になってくれて……
ペガサスの四角形が昇り始めてる。いつもいつも見上げてるのに、その度に何処かが違ってるの。背景の暗闇だって藍色から群青色、もっと蒼いのまで本当に沢山あるのよ。
「寒くはありませんか?」
「うん」
でも…でもね。もう降りた方がいいみたい。だって、本当に綺麗なんだもん。恐いくらい…こんなの、あたしが見ててもいいのかなって、そう思えてくるのよ。
淡く霞んだ青闇へと沈み込んでく。この星夜の町も、楽しい事ばかりじゃないのよね…時々、あたしの《縁》で、本来居るはずの無い人が紛れ込んでるんだもんね。
きっと…あたし、この町には住めないのよ。…少し、寂しいかな。
「あっ…」
コンビニエンスストアの前で、誰かが喧嘩してる。あたしより、ちょっと幼いくらいの男の子が、一人で二人を相手に怒鳴ってるじゃない。
あたし、止めさせるつもりで前に出たんだけど…ヴェストル、しっかりあたしの腕を掴んで放さなかったのよ。
「美星さん、あれは幻ですよ」
「え?」
あたし、確かめるようにヴェストルを振り返ってた。その時、すぐ横から急に別の声が聞こえたの。
「そうなんだ。綺さん」
「…真哉君!」
あたし、本当にびっくりしてた。だってね、あたしが中学校に通えてた頃、真哉君、女の子に一番人気があったのよ。あたしだって、他の皆と一緒に憧れてたんだもん。勉強は良く出来たし、運動だって何でも出来るの。格好良いし、優しいし…ちょっと前に出たがるのが欠点なんだけど、そんなの些細な事だもんね。本当に、理想の恋人そのものって感じ。
でも…でも、ね? あたし…前みたいに、どきどきしないのよ。……ヴェストルみたいには…ね。
「ほら、見てごらん」
真哉君が指差す方向に目を向けたら、さっきの喧嘩に…え? 真哉君が近付いてく?
「そうなんだ。あれは僕の『幻』なんだ…いや、『現実』だったんだよ」
え? えぇぇ〜?
混乱してるあたしに、ヴェストル、そっと言ったの。
「美星さん。あの映像を見ていれば分かりますよ」
でも…でもね。少し…やっぱり、ヴェストルの声……静かだった…
真哉君、喧嘩を止めようとしてる。落ち着いた、きっぱりした態度で。う〜ん、ちょっと格好良いな。
あたしね、そんな風に気楽に見てたら…
「…!」
今の…今の、何? あの男の子が持ってるの……拳銃じゃない!
真哉君が倒れてく…嘘、嘘よ……!
「ううん、あれが『現実』なんだ。僕は頭に銃弾を受けて即死したんだよ。後の二人も同じ。他にも、アルバイトの店員が無関係なのに重傷を負ったんだ」
淡々と話す真哉君って…じゃ、じゃぁ…幽霊なの?
…もう、映像なんて消えてる。あたし、びっくりして何も言えなかった。
「ついさっきの事だったんだ。思わず仲裁に入ったんだけどね…まさか、兄貴と同じように…誰かの為になろうとして、殺されるとは思わなかったよ」
……そうなの。真哉君のお兄さんね、強盗を追いかけて…逆に、ナイフで刺し殺されたのよ……
「勇敢なだけじゃ無理なんだね…」
「…この社会は、未だ不完全なものですからね」
あたし…ヴェストルの言葉に、反対出来なかった。だって…だってそうじゃない? どうして、他人の為になろうとして…どうして、殺されなくちゃいけないの!
「真哉君…」
あたし、あたし……
…でも、でもね……何も言えなかったの…
真哉君、そんなあたしに笑い掛けてくれた。
「御免ね、こんな映像を見せてしまって。だけど、誰かに知ってもらいたかったんだ」
「…復讐、するつもりなの?」
あたし…ルミの弟の事、思い出してた…
少し、黙ってる。ちょっと恐い時間が流れて…真哉君、静かに言ったの。
「…いや、出来ないからね」
え?
「続きは見ない方がいいですよ、美星さん」
ヴェストルの優しい言葉に、真哉君も頷いてた。
「ちょっと、酷いからね」
だから、映像が始まった時…二人共、あたしを庇ってくれたの。
「あの小学生は、このコンビニにたむろしているグループの一員だったんだ。もう一方の二人は近くに集まっている別のグループで、どうも奴等は互いに対立してたみたいだね。
どうやったかは知らないんだけど、奴は拳銃を手に入れると、最初から使うつもりで持ってたみたいなんだ。だから、必然的にさっきの出来事は起こってしまって…僕や店員が巻き込まれたんだよ。
あの後、奴は仲間に匿われてたんだ。だけど、僕が現状を把握して復讐を決心するよりも先に、警察が動いていてくれてね。勿論、すぐに見当はつくから、奴が所属していたグループは、どんどん追い詰められて…
結局、原因である小学生を処刑する事になったんだよ」
「え?」
処刑って…
「そう。線路の高架下で、電車が通過した時にその小学生は自分の拳銃で射殺されたんだよ。銃声も聞こえない、奴等にとっては一番妥当だと思える方法だったんだろうね」
そんな…! まだ、小学生なのに…どうして、どうしてそんなに簡単に命を奪えるの? 失うのは簡単でも、同じ命は二度と創れないのに…!
「彼等にとって、拳銃は頼りがいのある『友人』なのでしょう。力強く、逆らう事の無い『仲間』…そのような物に頼る事しか出来ない、自らの心の貧しさには気付いてもいないのでしょうね」
そんな…
「そうだろうね」
真哉君、静かに呟いてる…
「綺さん…僕は、これからどうしたらいいんだろう。憎しみや腑甲斐無さを感じていても、それを発するところはもう無いんだ…何だか、心が晴れないんだよ」
真哉君……
でも…でもね? あたしには、遠回しになんて言えなかった…
「…この世界に残る《意味》が無くなったのなら…次の『歴史』を進んでもいいと思うの。あたし、こんな事しか言えないけど……きっとね、真哉君や真哉君のお兄さんの行為って…大事なんだと思う。ごめんね、あたし、こんな他人事でしか言えないんだけど…でも、でもね? 次の『時間』も…その行為を促した気持ち、絶対忘れて欲しくないのよ……」
うまく話せないけど、あたし、必死に分かってもらおうとしてた。そうしたら、真哉君、明るく笑ってくれたの。
「…有り難う。僕にも、本当は分かってるんだ。ただ、誰かにそう言ってもらいたかったんだよ…」
……うん。
真哉君がしてくれたような行為が続いてくから…『人間』も成長出来るのよね…?
青闇にぼんやりと滲んで消えてく…真哉君を見送って、あたし、ヴェストルを見上げたの。
「…そうですね」
きっと…ね? ヴェストル、こんなあたし達の世界にうんざりしてると思う。でも、でもね…そんな世界の儘で、理解しようとしてくれてるのよ。
「そろそろ、公園の方に戻りましょうか」
「うん…」
あたし、その腕に寄り掛かってた。
…どんどん、隙間が塞がってくね…ヴェストル……
夏の星座が、西の地平に傾いてる。もうすっかり、主役は微かな星達になってるの。ちょっと寂しいくらい、明るい星が無いんだけど…
「あっ!」
まるで、蛍みたい。とっても柔らかな光が北の空を流れてく。
「ジャコビニ流星群…」
あたし、笑いながらヴェストルを見上げてた。爽やかな風の中で、とっても優しい笑顔が恥ずかしそうに揺らいでる。本当に、素敵な笑顔……
どきどきしながら…あたし、次々と流れる淡い光を見つめてた。
「やぁん! 来ないでよぉ!」
急に、小さな女の子の声が聞こえてきたんだもん。あたし、びっくりして慌てて周りを見回してた。
首の後ろで髪を結んだ可愛い子が、すぐに公園の中に駆け込んでくる。…一体、どうしたのかな?
あたしとヴェストルが立ち上がりかけた時、その八歳くらいの女の子の後ろから、大柄の男も走ってきたの。砂場の前で追いついて、女の子の腕を掴んでる。
…え? あの子、吊り上げられてるじゃない!
「放してぇ! 珈娜枝、本当に知らないんだもぉん」
「そんなに怪我をしたいのか?」
……! あれ、拳銃…
あたしね、真哉君の事思い出して…
……でも、でもね。あたし、やっぱり黙ってなんて見てられなかった。
「放してあげなさいよ!」
あたし、駆け寄って拳銃を取り上げようとしたの。少し男の注意が逸れた隙に、その女の子、さっさと逃げ出してる。
「くそっ!」
「お姉ちゃん」
珈娜枝ちゃんは、すぐにあたしの後ろに隠れてた。だから、当然拳銃はあたしの方に向けられて…
でも…でもね。あたし、逃げたりしなかったのよ。
「近頃は、夢魔も機械を操るんですね」
急にヴェストルが横に来て、男の拳銃を押さえてくれる。…え? 夢魔って?
「貴様…?」
ヴェストルの調った指の間で、突然拳銃が金色の粉に変わってる。
…どんどん、綺麗な星が崩れ落ちてく……
「あは。お兄ちゃん…そうなんだぁ」
何がそうなのか分かんないけど…珈娜枝ちゃん、あたしの後ろで嬉しそうにはしゃいでた。
「あなたがこの世界で何をしようと、僕には関係ありませんが…美星さんを傷付ける事は許しませんよ」
「…何故、貴様のような存在がここに居る」
「関係の無い事です」
一瞬だけ、とっても深い沈黙が横たわったの。でも、でもね…急に、その人、大きく笑い出してた。やだ…何か恐いよ…
「だが、邪魔をしない事だ。この世界で我等と争えば、困るのは貴様の方だからな」
「そうかも知れません…」
…え? どういう事!
「…ですが、美星さんがあの天狐を守りたいと思う限り、僕は自分がどうなろうとそれに従いますよ」
天狐? え? ちょっと、ヴェストル! 一体、どうなるって言うのよ?
「大丈夫ですよ、美星さん」
混乱してるあたしに、ヴェストル、温かく微笑んでくれたの…思わず、あたし、安心しちゃった。
その時、突然、男の首が伸び始めたの。あたし、もうびっくりして…どうなってるのか、全然分かんなくて……
「わぁ。蛇さんみたぁい」
…う〜ん、とっても気持ち悪いよぉ。首から下が、真っ赤な鱗に覆われて…背鰭の付いた蛇みたいになってくのよ。
「美星さん。離れないで下さい…」
ヴェストル、しっかりと抱いてくれる。珈娜枝ちゃんも、あたしの足にしがみついてた。
「どうする? 争えば、この町は…」
恐い……不気味に笑ってるの、人間の顔のままなのよ。蛇の胴体も、あたしだけじゃ抱えられないくらい太くなって…
あたし、ヴェストルと逢ってから、沢山のものを見てきたけど…これって、本当に本当なの? あたし、もう分かんない……
その時ね、ヴェストル、軽く右手を上げたの。刹那、今迄だってぼんやりと霞んでた大気が、もっとあやふやに薄れてく。
「しつこいですよ、蝕陰。争いを恐れているのは、あなたの方でしょう」
ヴェストル、静かに…少しの抑揚も無く告げてる。
「凄いねぇ。こんな結界、琳瑩お姉さまだって創れないよぉ?」
…どうして、この子はこんなに明るく出来るのかな。
「黙れ!」
蛇が、蝕陰が叫んで…あたし、その咆哮で吹き飛ばされそうになってた。ううん、本当に体が浮き上がったのよ!
「…自らの『力』の増長を望む時には、妖夢界の住人でもそこまで必死になるんですね」
ヴェストルがそう呟いた瞬間、あたし達の周りだけ突風が収まったの。公園の木は大きく靡いてるのに…
「当然だ、それが我等の《本質》だからな!」
蝕陰、そう叫んで急に目を閉じてる。…え? あたし達を包んでる闇が、どんどんその勢いを増してる…? やだ、真っ暗になっちゃうじゃない!
その時、ヴェストルを中心にして、黄金色の薄い球体があたしや珈娜枝ちゃんを覆ってくれたの。周りはすっかり暗闇が…ううん、もっと深い、ただの『黒』が一面を満たしてるのに、この球の中だけははっきり物が見えてるのよ。
「蛇さんも見えないねぇ」
きょとんとした愛らしい顔で、珈娜枝ちゃんが笑い掛けてくる。でも…でもね? あたし、とてもそれに応える余裕なんて無かったの。分かんない事ばっかり、立て続けに起こるんだもん。
…え? ……ヴェストル?
あたし、しっかりとヴェストルの体を抱いてるのに…急に、そこには何も無いみたいに思えたの。慌てて見上げたんだけど…ちゃんと、あたしには瞳を閉じたヴェストルが見えてるのよ。でも…でもね? …『絵』を抱き締めてるみたいで…やだ、恐いよ…ヴェストル、本当にここに居るの?
…あたし、もっと力を込めて抱き着いてた。その時ね、温かな指先が頬にそっと触れてくれたの。あたしの方には向いてくれないけど…あたしの傍には居てくれてるのよ……
あたし…安心して《全て》を任せてた。
「…この世界へ顕現する為、『肉体』に閉じ籠もるとは呆れたものだ。その体、粉々にしてくれる!」
突然、頭の上から、声が物凄い勢いでぶつかってきたの。あたし、思わず悲鳴を上げて顔を伏せてた。
キシッ…
…え? …やだ! 球体を、無数の雪片が貫こうとしてる?
「肉体に制限されているのは確かですが、僕を甘くみては困りますね…」
ヴェストルが静かにそう言って…ゆっくりと目を開けてた。落ち着いた、普段と変わらない藍色の瞳…
でも、でもね……何か、遠くに感じるのよ……ううん! ヴェストル、絶対にあたしの傍を離れないんだから! そうよ、あたし、信じてるんだからね…
(勿論ですよ、美星さん…)
あたしの胸に届いた声…きっと幻なんかじゃないわ。
「お姉ちゃん!」
「え?」
球体の表面が、とっても強烈な光を放って……珈娜枝ちゃんのびっくりした声と同時にね、あたし、思わず眩しくて目を閉じてたの。
…え? どうしたの…ヴェストル?
ヴェストルの腕が…あたしの体から離れてく……! やだ、どうしたのよ! ねぇ、ヴェストル!
「美星さん…暫くは御逢い出来ないかも知れません…」
え?
あたし、目が見えない儘…ヴェストルを手探りしてた……
「…ですが、必ず又迎えに行きます。それまで…待っていて下さい」
「ヴェストル!」
どうしたのよ? 応えて! ねぇ、お願い!
ヴェストル……!
「ミホ…ミホ!」
……声が…する……礼、奈…?
「良かった、無事だったのね…」
湿った声……抱き着いて…
「…ミホ? 大丈夫?」
あたし……
目は…開いて、た……いつもと同じ…星夜の、町……
…でも、…でも…ね……そこに、居ないのよ…
……ヴェストルが…
死んじゃった…ううん! そんな事、無い! …絶対に、そんな事無いんだから…!
…無いのよ、そんな事……アリエナイ…
アッテホシクナイヨ……
「お兄ちゃん、凄いねぇ。あの蝕陰をやっつけるんだもん」
焦点も合わない先で…楽しそうに…
お願い…! 言わないで……! あたしの為に…あたしが……
…でも、でもね…? 見過ごすなんて、出来なかったのよ…!
「ミホ…大丈夫よ」
ミタクナイ……キキタクナイ……
…でも…でもね……礼奈の声、あたしをそっと包み込んでくるの…
「ヴェストルさんは、ミホと逢う為に『肉体』を伴う『様相』を選んでいたの…ただ、夢魔を送り返す為には『肉体』に封じた以上の『力』が必要だったから…だから、その『肉体』を犠牲にして…」
…やっぱり、もう……会えないんじゃない…!
「お姉ちゃん。お兄ちゃんを信じてないのぉ?」
不思議そうに、珈娜枝ちゃんが見上げてる……あたし、急にはっきりした意識で…
「信じてるのよ! 信じてる…でも……」
ヴェストルが消えて…耐えられるはずないじゃない…!
…体が、震えるのよ…やだ……
「よく聞いて…ミホ!」
礼奈、あたしの肩を掴んで…珍しく、強い口調になってる……とっても真剣な声…
「ヴェストルさんは、消えてなんていないの…消えたのは『様相』の一つであって、『ヴェストルさん』は今も存在しているのよ。でもね、新しい『肉体』を持つ事は、それ程簡単な事ではないわ。だから、信じて待つの…石になったとしても、待ち続けるのよ…」
「礼奈…」
あたし……抱き着いて、思い切り声を上げて泣いてた…
「きっと、すぐに来てくれるよぉ」
…とっても、明るい言葉…
あたし…あたし……
「…そうよね……ごめんね、礼奈。でも…でもね……あたし、待てるかどうか、分かんない…」
こんなに『好き』だから…もう、すぐにでも逢いたいから…
「ううん、ミホは待てるわ。でも…若しも耐えられなくなったら、わたしに電話して…ヴェストルさん程ではないけど、きっと『何か』は出来ると思うから…」
「…ありがとう」
あたし…涙で濡れてたけど……
…にっこり笑えたのよ…
「あは。良かったぁ。珈娜枝ね、もうお姉ちゃん、笑ってくれないのかと思った。だってぇ、珈娜枝のせいなんだもんねぇ」
「珈娜枝ちゃんは悪くないわ…あたしのせいなのよ」
本当に可愛い笑顔…あたし、珈娜枝ちゃんを思い切り抱き締めてた。
「ううん、蝕陰だけが悪いのよ…」
「うん、うん。穢れた夢魔が一番悪いんだもんねぇ」
礼奈の言葉に、珈娜枝ちゃん、そう言って笑ってる。
その時ね、急に後ろから静かな女の子の声が聞こえてきたの。
「いいえ、珈娜枝も悪いのよ」
「琳瑩お姉さま!」
青闇の中に、あたしくらいの歳の子が浮かび上がってくる。とってもたおやかな雰囲気で…穏やかな気品が漂ってるの。
珈娜枝ちゃん、不意に大人しくなって、その子の淡い桃色の着物に隠れてた。
「人間の方々に迷惑をかけるなんて!」
「だってぇ〜」
強い言葉に、珈娜枝ちゃん、心からしゅんとしてる。
そんな珈娜枝ちゃんからすぐに視線を外して、琳瑩さん、次にはあたしに向かって頭を下げてきたの。
「本当に、申し訳ありません。妹の為に、こんな事になってしまって…」
あたし…あたしね。落ち着いて微笑む事が出来たのよ……
「ううん。ヴェストルは消えたりしてないんだもん。きっと、いつか戻ってきてくれる…あたし、待てないかも知れないけど……でも、でもね。信じてるのよ…」
「…有り難う御座います」
又、深く頭を下げてくるの。あたし、びっくりして…
「やだ、そんな事しないでよ。あたしなんて、何もしてないんだから」
慌ててるあたしに、綺麗な微笑を浮かべてくれる。礼奈とは、また違う綺麗さなの。…何処か、冷たい…ううん、不思議なところがあるのよ。
珈娜枝ちゃんもそうなんだけど…金色の瞳のせいかな?
「もうそろそろ、珈娜枝ちゃんを狐狗苑に戻した方がいいんじゃないかしら…」
「私は戻ってもらいたいんですが…」
礼奈の心配する言葉に、琳瑩さん、困った顔してる。…あれ? 礼奈、珈娜枝ちゃんや琳瑩さんを知ってるの?
「珈娜枝、絶対戻らないんだからぁ! もっとぉ、色んな事したいんだもん」
憤然とした口調が可愛くて…琳瑩さんも、珈娜枝ちゃんには厳しくなれないみたい。
「でも…危険過ぎるわ」
「大丈夫! 琳瑩お姉さま、守戌なんだもん。それに、将お兄ちゃんも守ってくれるもんねぇ」
小さな指先が遠くの人影を差して…あっ! あの人……!
闇の中に佇む男の子……そう…あの子……鬼絞に憑依された未夏を…
「では、これで失礼します…これ以上ここに居ると、あなた方にも危険が及びますから」
「じゃぁね。ばいばぁい!」
あっと気付いた時には、もう二人共、すぅーっと桃色の霞みに包まれて消えてたの。あの男の子も、何時の間にか居なくなってる。
「…ミホ、戻りましょう?」
「うん…」
あたし、ヴェストルの事や分かんない事ばかりで…とっても疲れてた。
礼奈、そんなあたしを優しく支えて連れ帰ってくれたのよ。
ヴェストル……
礼奈はね、大丈夫だって言い続けてくれる…でも、でもね。やっぱり不安なのよ…あんな事になって、本当に無事でいてくれてるのかな、って……
怪我をして、苦しんでるかも知れないのに…あたし、何も出来ないの……
分かんない事で不安になるなんて、らしくないけど……でも、でもね? 心配だもん…ヴェストルだから……心配になるのよ…
《本当》に、早く逢いに来て…
…ヴェストル……
7 日曜の怫欝 おわり
遥かな『過去』を その身に纏い
久遠の『未来』へと 新たを過ごす
月の煌き 秘めたる風は
静かな波間に 夢路を巡る…




