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待ちぼうけ

作者: 七節曲

 しとしと、しとしと、小雨降る。

 大きな葉っぱに雨だれ落ちる。

 薄暗い、陰った雲の下、小さな駅舎は新緑に沈む。

 ぴしゃりぴしゃりと水はじき、駆け抜ける小さな獣姿。

 少女は一人ベンチの上で、うつろな目をして天井を見ている。


「なにをしているのですか?」


 駅舎の外、雨だれの中、佇むタキシード姿の兎が聴いた。

 ノリがぱりっと効いた、見事な仕立て。

 つま先から耳の先まで、実に美しく整って見えた。


「人を待っています。」


 少女は答えた。

 視線は相変わらず虚空を漂う。


「それはお迎えの方ですか?」


 兎は傘の柄を掌の上で器用にまわして雨を弾く。


「はい、そうです、」


 ラインをなぞるように、抑揚のない声で少女は答えた。

 薄手のキャミソールから肩を出し、紅いバンプスに青いネイル。


「それは親御さんですか?」

 兎が訊く。

「違います。」

 少女が答える。


「それはお姉さまですか?」

「違います。」

「それはお兄さまですか?」

「違います。」

「それは妹さんですか?」

「違います。」

「それは弟さんですか?」

「違います。」

「それはおじ様ですか?」

「違います。」

「それはおば様ですか?」

「違います。」

「それはお祖父様ですか?」

「違います。」

「それはお祖母様ですか?」

「違います。」

「それはご友人ですか?」

「違います。」


 ザー、ザーと雨足が、強まって来て、ザー、ザーと雨垂れが、四方の世界を埋めていく。


「では、それは、どなたなのですか?」

 兎は首を傾げてそう言った。


「わたしを迎えに来る人です。」

 少女は身じろぎもせずにそう返す。


「ああ、なるほどなるほど。あなたを迎えに来る人なのですね。」

 兎は得心いったように首肯する。


「はい。その通りです。」

 壊れたラジオの様に少女は答えた。


「その人は男ですか? 女ですか?」

「わかりません。」

「その人は背が高いですか? 低いですか?」

「わかりません。」

「その人の髪は長いですか? 短いですか?」

「わかりません。」

「その人の手は大きいですか? 小さいですか?」

「わかりません。」

「その人の声は高いですか? 低いですか?」

「わかりません。」

「その人の香りは懐かしいですか? 新鮮ですか?」

「わかりません。」


「なるほど、なるほど。」

 兎はうんうんと、納得した様子で頷いて見せる。


「実に興味深い。」


「そうでしょうか?」

「はい、もちろん。物事は大概興味深い物です。」

「そうでしょうか?」

「はい、もちろん。世の中につまらぬ物などあるはずがありません。」

「そうでしょうか?」

「はい、もちろん。なぜならそこには常に探求の妙があるからです。」

「ああ、それならきっとそうなのでしょう。」

「はい、もちろん。そうであるべきなのです。」


 兎は傘の柄を、人さし指の上でくるくる回す。

 開いた傘は兎の頭上でくるくる回って水を散らす。


「おや、もうこんな時間だ。」

 兎は傘をもてあそぶ逆の手で、胸元から懐中時計をとり出して言った。


「お急ぎなのですか?」

「はい、これから猿と蛙と戯れます。」

「それは大変ですね。」

「大事です。」


 大仰に肩をすくめて見せる兎の頭の上で、傘はくるくる、くるくる回る。

 額に乗せた傘の柄を、ひょいと取り上げて兎は言った。


「雨はまだまだ上がりません。」

「はい、そのようです。」

「この傘をここにおいて行きたい所存ではあるのですが…。」

「お気持ちだけで結構です。キレイなお洋服が濡れてしまいます。」

「そうですか。ありがとう。」

「いいえ、どういたしまして。」


 くるくるくるくる傘は回る。


「それではわたくしはこれにて。」

「はい、うさぎさん。道中お気を付けて。」

「はい、お嬢さん。あなたもお気を付けて。」


 兎は傘を持って去っていく。

 ザーザー、ザーザー雨は降る。

 四方の世界は閉ざされて、真っ白に水しぶき。

 取り残された駅舎の中で少女は一人待ちぼうけ。


 待ち人はまだこない。

 待ち人はまだこない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観が非常にいい。意識をしていないのかもしれませんが、そこらの有象無象より鋭い世界観は美しいと愚考します。 [気になる点] 読みにくい。この一言につきます。 [一言] 兎さんのキャラが…
2017/12/28 15:51 退会済み
管理
[良い点] 兎と少女の不思議なやり取りが印象的です。 なにか深い意図がこめられているのでしょうが、そこがぼやかされているのでいろいろ想像が膨らみます。 読む人の数だけ読み方がある、そんな作品だと思いま…
[良い点] 少女と兎の間で交わされる質問と答え。 そして少女と兎である事からか、何処と無く不思議の国のアリスめいた世界観を抱きました。 鮮明過ぎない輪郭、幻想的な雰囲気。童話チックめいたも…
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