第五章(3)
「将軍、今のところ内部に異常はありません」
ルースの報告に、ラキアスは息をつく。
敵が襲ってくるまであと数時間はあるだろうが、それでも気を張っていなければならない。一瞬たりとも油断はできないのだ。
そんな状況が一週間も続いているから、疲労も凄まじい。
「ん、もう一度言っとく。この間と同じでルースとその下の部隊は俺の護衛。シュミット達は貴族と乗客の即時避難誘導な」
「将軍……」
「はい、これ決定事項。命令だからな」
問答無用だ、という風に言い切ると、ルースは呆れたように溜息をつき、シュミットはお腹を抱えて爆笑した。
「普通あり得ませんよね。一番に避難すべき人が中心戦力になるとか」
「うるせぇ。俺は事務処理とか守られるとかより、こっちの方が性に合ってんだ」
ラキアスはイースト軍の将軍であり、次期大総統。本来なら、一番に避難し、守られる立場にある。だが実際、今いるイーストの軍人の中で誰が一番戦力になるか、と言われればラキアスに他ならない。
相手の目的もラキアスなのだから、彼が前線で戦っている分、他の貴族に向かう砲火を減らせる。犠牲は少ない方がいい。
「しかしですね、『もしも』という場合を考えていただかないと」
「大丈夫だよ。お前達には話しただろう? 招待した二人の人物のこと」
側近であるルースとシュミットには、リフェとジーンのことを話してある。このフライヤーに呼んだことも、乗船済みであることも確認した。
傍観するはずはないから、きっと戦闘になった時も来てくれるはずだ。
「ええ、分かっています。けれど、実力的には申し分なくとも、目的が違うかもしれない方と、戦闘慣れしていない素人です。どこまで当てにできますか?」
「ルース先輩厳しい!」
茶々を入れたシュミットを睨みつけて、ルースはラキアスに物言いたそうにした。
《不可視の死神》は実力に文句をつけるところはない。ただし今回はイーストの軍人でも、ラキアスの部下でもなく、個人的な事情によりこれに乗っている。見捨てられるとは思いたくないが、積極的に守ってもらえるのかと言われれば首を傾げてしまう。
そして、彼の代わりに自分のそばに来るだろう青年は未熟だ。あの夜の状態を見ても、戦闘はからっきしなのが分かる。
(とは言っても《シュリュッセル》の一族だし)
その潜在能力は遠縁とはいえ《ヒメルメーア》をよく知る自分が一番理解できるだろう。
「将軍……」
剣呑としてきたルースの声に、ラキアスは慌てて思考を戻した。
この側近は怒らすと非常に厄介なのだ。
「心配するな。俺は死ぬつもりはない」
「当たり前です。命をかけて戦う、なんて言い出したら海に放り投げてますよ」
無表情で言うから本当にされそうだ。
「大丈夫ですよ、ルース先輩。将軍は強いですし、何だかんだ言って今まで生きてんですから。ここまで大口叩いて死ぬんなら、指差して笑ってもいいってことですよ」
「おい……」
シュミットは明るい笑顔のまま言った。
シュミットもシュミットで、けっこう恐い性格をしているかもしれない。
「将軍は死にません。チェス様との新婚生活楽しむ前に死ぬわけないじゃないですか!」
「シュミット、お前帰ったら仕事三倍な」
「ええ!?」
驚愕の命令に泣きついてくるシュミットを蹴倒して、ラキアスは外を見た。
蒼い空と青い海。この色を持つ人が待っていてくれるから。自分の無事を信じてくれている人がいるから、死ぬわけにはいかない。
そして、彼を死なせるつもりもない。
(全部片づいたら、思いっきり仕事増やしますからね。先輩)
ゆっくりと傾き始めた太陽を認めて、ラキアスはさらに身を引き締めた。
戦闘開始まで、あと少し。




