第一章(1)
「はぁい、そこ行くカップル! 搾りたてのフルーツジュースはいかが?」
「名前入りペンダント、たった十ギルク! お姉さん、旅の思い出にどうだい?」
「ただ今、日傘大セール中! あっついサウスの日差しも、これでおしゃれに撃退よ!」
蒼い空と青い海。白い雲と何よりも明るい太陽。露出の激しい服を着たお姉様方と、日に焼けた真っ黒の顔で豪快に笑うおじさん達が、こぞって観光客を呼び寄せる。
東西南北、そして中央と、測ったように存在する五つの大陸。その中でここ、南のサウス大陸は絶好のリゾート地だ。
年中をとおしての温暖な気候。他の大陸よりも透明度のある海。甘く種類の豊富な果実。実際、この地には各大陸の貴族や権力者の別荘がたくさん並んでいる。
行きかう人々は、薄着で街を散策したり、買い物をしたりと様々。もちろん、海へ泳ぎに行くだろう人も見受けられる。
通りは広く設けてあるが、昼過ぎの今は進むのが困難なほど賑わっていた。
そんな人ごみを、一つの影が隙間を見つけては素早く通りぬけていく。
肩まであるひどく薄い茶色の髪を一つに束ね、それと同じ色の大きな瞳をした十一、二歳の少年。男の子には不本意かもしれないが、『可愛い』という言葉が似合う容貌だ。
細い両腕で大きな紙袋。中に入っているのは、パンや野菜などの食料品。それに視界を塞がれながらも、素早く小さなスペースをぬけていく。
「あづい……」
落ちる汗を肩口で拭いながら呟いた。真上から照りつける太陽は容赦などしてくれない。耳に光る赤いピアスすら、熱を持って熱く感じてしまう。
干からびる前に帰るのが得策だ。そう思い、よいしょと荷物を担ぎ直して足を速める。
「あら、リフェちゃん。お買い物?」
横手から声をかけられ、リフェと呼ばれた彼は立ち止まった。きょろきょろと辺りを見回せば、人ごみの合間からこちらに手を振る女性が見える。
「こんにちは、トニヤさん」
縦移動を横移動に変え、リフェは彼女の前に立った。
手作りのアクセサリーを露店販売している人だ。見かけは二十代なのに、見事な白髪。これは、正統魔術士である証拠だ。
むき出しの肩に彫られたタトゥも、魔術士が魔力増幅に使うもの。ニタリと笑う笑顔はどこか侮れない雰囲気を持っている。
「はい、こんにちは。あら、それ隣町のスーパーの袋じゃない。歩いて行ったの?」
「だってジーンがあっちの方が安いって」
「相変わらず人使いの荒い所長ね。フライヤー買えばいいのに。あのタイプは安いわよ」
そう言って、トニヤは露天の隣に止めてある乗り物を指した。
一人用のシートとハンドルがついた、座って運転できるタイプの物だ。中に内蔵された錬成玉が、周りの空気をエネルギーに変換し、地上十五センチから二十センチを浮いて動く仕組みになっている。
「はは、そもそもこれが買えるぐらい稼げてたら、隣町まで買い物に行かないよ」
「それもそうか。あ、ねえ、フライヤーよりこっちに手を出してみない? 今回のデザインはけっこう自信あるんだけど。お金ないなら分割でいいからさ」
トニヤは並んだアクセサリーを指して、誇らしげに胸を張る。
このアクセサリー、ただのファッション用ではない。アクセサリーを飾る石の名は『魔光石』と呼ばれる物。地中の奥深くから時々掘り出される魔力を持った宝石だ。
しかし、見つかるのは直径一センチにも満たない。内包する魔力も極小だ。そのため、装着者の周りの空間を小さく歪める程度の力しかない。
「俺こんなの持ってても使い道ないよ。そりゃ珍しい物だけど、コレクションするほどマニアじゃないし……」
「あら、白々しい。じゃあその右耳についてるピアスはなぁに?」
お見通しだ、と笑うトニヤに、リフェは笑顔のまま冷や汗をかいた。
赤く光る右耳のピアス。これは魔光石でできている。だが普通、リフェのような少年が持っているのは珍しい。
「確かにマニアがコレクションする時もあるわ。でも普通は軍人なんかが使うものよ。歪めた空間に武器なんか収納して持ち運ぶためにね。だいたい、高価な物だし?」
普通の宝石に魔力が宿っているなど、まずない。希少価値としては、普通の宝石よりも上なのだ。
軍人以外で収集家はほとんどが貴族。正規販売店ではないトニヤのような露店でも、二桁は違うだろう、というような値段がついている。
「あ~、えっと……」
「それとも実は君、軍関係者だったりして。もしかして暗殺者とか? 諜報員かもしれないね。さて、ほんとのところはどうなのかな? 魔法も使えるリフェちゃん」
リフェは引きつった笑顔のまま固まった。
正統魔術士には白髪という特徴がある。だが、白髪の者だけが魔法を使えるわけではない。
魔力持ちは、魔力の強さに応じて髪や目の色素が薄くなる。魔力は遺伝によってのみ宿り、正統でない混血でも魔力は持っているし、混血でも力の強い者は白髪になる。
リフェは混血だが、髪や目の薄い色が強い魔力を持っていることを示していた。
「さあ、今日こそ吐いてもいいんじゃない?」
ずずいと詰め寄られて、リフェはたじろいだ。
トニヤは曲者だ。毎回手持ちの札を小出しにして、ちょっとずつ追い詰めてくれる。
彼女と出会って三週間。何度かこの問答を繰り返してきたが、そろそろ受け流し方を変えなければならないようだ。
リフェはコクン、と唾液を飲み込むと、引きつった笑顔のまま口を開いた。
「いやぁ、さすがトニヤさん。どうして分かったの? 実は俺、本当は二十五歳でイースト大陸の軍人なんだよね。ちなみに魔法兵士部隊で大佐とかやってたんだ。けっこう有名だったんだよ。新聞とかにも出てさ。知ってるよね、リフェ・テンデルって……ったぁ!」
早口でまくし立てている最中、強烈な拳骨が脳天を直撃した。
「トニヤさ~ん」
「可愛い顔してよくもまあ。実際にいる人物の名をかたるのは詐欺行為だよ」
「えへへ……っと、トニヤさん、お客さんだよ」
「あ、いらっしゃいませ! そいじゃ、またね。今度はもう少し面白い嘘を考えてよ」
軽やかに笑って、トニヤはお客に向かい合った。もう帰ってもいいらしい。
気づかれないように安堵の息を吐き出すと、リフェはさっきより重くなった気がする荷物を抱え直した。長時間持ち続けているせいか、腕が痺れ始めている。
「これぐらいで……不便な体だ」
少年らしくない口調でぼやいて、彼は通りから一歩脇道に入った。とたんに周りの雰囲気はがらりと変わる。
喧騒が途切れ、代わりに寂しいほどの静寂が訪れる。建物も近代的な鉄やコンクリートなどから、煤けた色のレンガに変わった。
リゾート地として開発された首都の中で、費用不足によって取り残された地区だ。
その中でも一際古ぼけた建物の前で、リフェは一度荷物を下ろす。
「重かった……」
赤茶色のレンガで造られた三階建ての建物。外側に錆びた鉄製の階段がついており、それぞれの階に行けるようになっている。所々、穴が開いているのはご愛嬌だ。
一階は雑貨屋兼ここの大家の家。しかし、あまり繁盛はしていない。
そして二階。階段と同じ錆びた鉄のベランダを持つその階の窓には、『万屋事務所』と大きく書かれていた。
手書きなのか、文字はしだいに右肩上がりになっている。『万』と『所』では十センチの差がある。あそことその上の居住スペースになっている三階が、今リフェの暮らしている場所だ。
さて上がろうか、と荷物を持ち上げようとしたその時。
「あ!」
「ん?」
こちらに向かって小さな女の子が駆けてきた。この場に合わないいい服を着ている反面、その手には安っぽい風船が握られている。
その真っ赤な風船が、少女が躓いたと同時に手からするりとぬけた。
「風船!」
泣きながら彼女が手を伸ばすけれど、無情にも風船は高く上っていってしまう。
リフェはそれを見て、軽く助走をつけて飛び上がった。取れる位置を確認し、いつもと同じ感覚で走り、地を蹴る。だが――
「あれ?」
スカッ、と手に何の感触も感じないまま、彼の足は再び地を踏んだ。
行く道を妨げられなかった風船は、蒼い空に吸い込まれ赤い点になっていく。
リフェは、恐る恐る少女を見た。期待の眼差しが、悲愴なものに変わった。
「えっと……ごめん、ね」
謝った瞬間、ヒクッとしゃくりあげて涙を溢れさせる少女。ヤバイ、と思ったのが早いか、彼女は大きく息を吸い込んだ。
「お兄ちゃんのチビッ!」
「うわわわ、ホントにごめんって! まだこっちの身長に慣れてなくて、って痛い!」
大泣きして暴れだした少女を宥めながら、リフェも泣きたい気分で溜息をついた。
(やっぱ不便だ……)




