第四章(1)
「なあ、お前この階層の人間なのか?」
特にすることもなく、いつもどおり港近くで遊んでいると、そんな風に声をかけられた。
振り向いたリフェの目に飛び込んできたのは、真っ白な髪を持った少年。ちょっと身長は大きいけれど、年齢は変わらないと思う。
彼は驚いているリフェの隣に座り、笑った。
「俺はジィーフェ。第四階層に住んでて、最近ここに引っ越してきたんだ。お前は?」
「お、俺はリフェ。この第一階層に住んでる」
ちゃんと答えれば、彼は何度もリフェの名前を繰り返し、嬉しそうに笑った。
「俺さ、まだ第一に来たばっかだから友達いなくて。そしたら三日前ぐらいにお前を見つけてさ。何度も声かけようと思ったんだけど……ちょっとかけづらくて」
リフェは時間があれば、この港に来てずっと潜水艇を眺めている。日暮れの時間が訪れるまでずっとだ。言われてみれば、そんな自分に声はかけづらかったかもしれない。
「お前ずっと一人だったろ? 家族は?」
「あ、俺は家族いないから」
まずい、といった風にジィーフェの顔が変わった。それを見て、リフェも慌てたように笑って首を振る。
「違うよ。母さんは死んじゃったけど、父さんは生きてる。仕事でウェストにいるんだ」
「帰って、来ないのか?」
「うん……仕事、忙しいんだ」
寂しいと思ったことは何度もある。どうして自分の家族がこんな目に、と憤ったことも。
けれど、父親の仕事がどんなものかも知っていて、どれほどリフェを守るために頑張っているかを知っていて、我侭は言えなかった。
「ん~。んじゃあ今日、一緒にメシ食うか」
「え?」
「俺の家族さ、一週間前から商売で大陸に行ったんだ。妹も連れて。俺はやりたいことあったから残ったんだけど、しばらく一人だからさ。一緒に食おうぜ」
「いいの?」
「あはは、俺もちょっと寂しいし……」
照れながら頬をかくジィーフェ。そんなことを言われるなんて思ってもみなかったリフェは、緩んでいく顔を止められなかった。
「えへへ。えっと、ありがとう、ジィーフェ」
「おう!」
母を亡くして、父と離れてからもう五年。
この日久しぶりに、リフェは寂しさを忘れることができた。
一週間後、リフェに一通の手紙が届いた。
読んだ後、ただ、泣き続けた。
「リフェ、いるか……リフェ?」
テーブルに突っ伏したままのリフェを、遊びに来たジィーフェが見つけた。
「ジィーフェ……?」
「ど、どうしたんだ?」
「父、さんが……父さんが、死んだっ」
ハッとした顔を作るジィーフェに、リフェは泣いた顔で見上げることしかできなかった。もう、どうでも良かったのかもしれない。
父のことは少ししか覚えていない。六歳の時に別れて、それからずっと手紙でしかやり取りをしていなかった。
それを思えば、世話をしてくれた港の人や、近所の人の方がずっと近しい存在だ。
けれど、リフェは月に一回届く父の手紙を楽しみにしていた。大陸の様子や仲間のことを面白おかしく書いて、リフェを気遣って。
あまり顔を覚えていないのに、その優しい手紙がリフェは大好きだった。
いつものように届いた手紙。はやる気持ちを抑えて開けた紙には、優しさなどどこにもなかった。事務的な死亡報告書と、金額の書かれた小切手だけ。
呆然とそれを見つめて、しばらくした後、リフェは気づいた。
「俺……一人ぼっちになっちゃった」
どんなに離れていても家族だった人。リフェにとって、たった一人の家族。その人が、手の届かない所に行ってしまった。
「っ、違う! リフェは一人じゃない!」
うつぶせになって泣き続けるリフェを、ジィーフェは駆け寄り抱きしめてくれた。そのままギュッと力強く抱えてくれる。
「俺がいるっ。俺は友達だろ!? ううん、今日から俺がお前の家族になる。兄弟になる。だから、リフェは一人じゃない。一人ぼっちなんかじゃないからな!」
そう言ってくれるジィーフェからも、涙がぽたぽたと流れ落ちてくるのに気づいた。
二人して抱きしめあって、リフェはこの日、大泣きをした。
「探しに行くって、ジィーフェの家族を?」
「違う、俺とお前の家族」
あれから半年。ジィーフェはそう言い出した。彼の家族は、もう何ヶ月も音信不通だ。いたる所に連絡をし、ウィッシュから捜索隊も出してもらったが、情報は何もない。
その家族を探しに行くのだ、とジィーフェは言う。
「いや、でも俺はまだ……」
「俺とお前の家族つったらそうなの。父さん達に会ったら、断固として許可させる」
公共に貸し出されている潜水艇をいじりながら、ジィーフェはキッパリとそう言った。この半年で分かったが、彼はかなり頑固だ。
「父さん達の取引先は知ってるからさ、ちょっと待っててくれよ。すぐ戻る」
軽く言って乗り込もうとするジィーフェ。その背に何だか不思議な感覚を覚えて、リフェは慌てて彼の腕を掴んだ。
「リフェ?」
「あ……」
いぶかしんだようなジィーフェの問いに、リフェは詰まった。言えない。
(置いてかれる気がしたなんて……)
慌てて笑顔を作り、真っ直ぐ彼の目を見た。
「俺も行く」
「ええ!?」
「俺の家族でもあるなら、俺も行く。一緒に探す。一人より二人の方がいいでしょ?」
ニッと笑って見せて、リフェは腕を上げた。驚いていたジィーフェも、照れくさそうに笑ってコンッと拳を合わせる。
「皆そろったら、どっか遊びに行こうぜ」
「うん、あ、パメラちゃん。俺のことほんとに受け入れてくれるかな?」
「大丈夫。お前天然たらしだから問題ない」
「ちょ、何それ!」
笑い合って、潜水艇に乗り込んだ。
大陸に行くことは少し怖かったけれど、二人なら大丈夫だとどこか小さな確信があった。
今度ここへ戻ってくる時はジィーフェの家族も一緒で、自分達は本物の、いや、それ以上の兄弟になれるのだと。そう、信じていた。




