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蒼青のアイン  作者: 詞葉
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第三章(7)

 斬り結んだリフェを押し返して、ジィーフェは倒れている魔術士に言った。

「お前は先に退却しろ」

「銅、しかし!」

「手負いでは、こいつの相手はできない」

 事実、先程のリフェの動きは彼に見えていなかっただろう。一つクッと息を呑んだあと、気配が遠ざかっていく。

 リフェが追おうと動きかけたが、それを殺気で牽制した。

「ジィーフェ……」

「その姿、なつかしいな。死んだと……殺したと、思ってた」

 もう隠す必要のなくなったフードを取れば、リフェの顔がハッキリと見えた。

 十四年前、手を離してしまった時のリフェと、まったく変わらない子供のリフェの姿。

「魔力が、変な反応を起こしたか……運がいいのか、悪いのか、だな」

「ジィーフェ……どうしてこんなことをしてるのさ! どこかに仕えてこんなことするなんて、君が嫌ってたことだろう!?」

 変わっていないな、とジィーフェは思った。

 リフェは怒る時、どこか悲しそうな顔をする。よく見なければ分からないが、昔と変わっていなかった。

「パメラを守るためだ」

 リフェの表情が変わった。パメラのことも、覚えていてくれたらしい。

「見つかったの? パメラちゃん」

「ああ」

「じゃあ、ご両親も?」

 口に出された名詞に、ジィーフェは顔を顰めた。言わなければならないのだろうか。

「ジィーフェ?」

 言えば、リフェはどんな反応をするだろう。

 驚く、泣く、激昂する。浮かんだ答えに、ジィーフェは首を振った。きっと違う。

(こいつは、悲しそうな顔をして、自分を責めるんだ)

 思い浮かべた顔は、あまり見たいとは思わなかったけれど、ジィーフェは正面からリフェを見つめた。リフェは知るべきなのかもしれない。知って、完璧に敵になればいい。

 そうすれば、自分も迷いを持たずに戦える。

「この杖は、魔術士だった父さんの物だ。お前とはぐれたあの嵐の日。俺は海面を漂って、危うくのところで、ある組織の潜水艦に拾われた。これは、その潜水艦で見つけた物だ」

 身の丈と同じぐらいある、幾重もの輪がついた杖。大事な、形見。

「お前ならよく知ってるだろう? ウェスト大陸の暗躍組織オプファー

「っ!?」

 そう、リフェなら知っているはずだ。あの組織の名前も、そこが何をしていたのかも。

「話を聞いたら、この杖は上の命令で海底都市ウィッシュの潜水艇を襲った時の戦利品らしい。俺が助けられた時は、二代目の隊長だった。でも、父さん達の潜水艇を襲ったのは、初代隊長の時だ。名前は、俺が言わなくても知ってるだろう?」

 リフェは震える唇で、信じられないと言う顔で、その名前を言った。

「トラス……トラス・テンデル」

「ああ、お前の父親だよ」

 歪められたリフェの顔に、ジィーフェも小さく唇を噛み締めた。




 海底都市ウィッシュ。それは、リフェやジィーフェの生まれ故郷だ。大陸嫌いが集まる所として有名で、大陸の傘下にはない自治都市だった。二十年前までの話だが。

 ウィッシュは、他の大陸には気づかれぬようウェスト大陸に襲われ、ウェストのために働くための労働力とされた。

 リフェの母親は、襲われた時にリフェを庇い死亡し、父親は錬成士だったため、その腕を買われてウェストの暗躍部隊の隊長にさせられた。

 ウェスト大陸内乱後の今は、正式に統治者直属の特務部隊になっているが、当時は汚い仕事を回される闇の一級組織だった。その組織名が《オプファー》

 犠牲者を意味するこの名を、初代隊長であるリフェの父親が皮肉ってつけたのだ。

 大陸に上がったリフェの父。その後、仕送りと一緒に何度か手紙のやり取りはしたが、五年後、ウェストから死亡届が来た。

 リフェが十一歳になる少し前、ジィーフェと出会って一週間後。彼の家族が商売のために大陸に上がった二週間後のことだ。

 さらに半年後、音信不通だったジィーフェの家族を探しに行くために、リフェ達は上を目指し、嵐の海で生き別れた。

「だから……なのか?」

 重い剣を強く握り、歯を食いしばり、リフェは呻くように声を出した。痛みを感じていなければ、今にも崩れ落ちそうだった。

(どうして、こんなことになる……? どうして、こんなことばかりが重なるんだ!)

 ただもう一度会いたかった。生きていると信じ、探し続けた。再会した時も、笑い合えるのだと信じていたのに。

「あの嵐の戦闘の中、君がサウスの母艦にいたのは……あの海域の指揮官が俺だと知っていたからか? 俺が……憎かったから……」

「……どうなんだろうな」

 見れば、ジィーフェも辛そうに顔を歪めていた。

「あの戦闘に介入したのは、それが仕事だったからだ。あそこに来る上位兵を潰せ、とな」

「どうして、サウス大陸に……」

 《オプファー》にいたはずの彼。その彼がなぜ、《オプファー》を抱えるウェストではなくサウスにいるのか。

「《オプファー》に助けられて数年後、俺は脱走した。色々調べて、父さん達の潜水艇を襲った任務の際、パメラの死亡だけが確認できてないことが分かったんだ」

 生きているのかもしれない、そう思って襲われた海域の近く、サウス大陸に渡ったのだと。その道のりが辛いものだったのだと、ジィーフェの表情は語っている。

「でも結局、見つかったのは、魔法の実験道具にされて、ボロボロになったパメラだった。サウスがそういうことをしてるのは、軍人のお前も知ってるはずだ」

 未だ証拠は掴めていないが、魔法の人体実験を行っている、という噂は聞いていた。その実験に、パメラが使われていたなんて。

「ならどうして、そのサウスに従うのさ!」

「パメラの命が握られてるんだよ!」

 リフェの言葉に、初めてジィーフェが叫び返した。

「パメラの様態は、実験を繰り返してたあそこの医師がいなければ保たせられない。俺達が裏切ったら、即殺せるように準備されてるっ。従うしかあいつを守る方法がないんだ!」

 ギリッと唇を噛み締めたジィーフェは、形見の杖をこちらに向ける。それに合わせるように、窓の割れる音と、多くの悲鳴が屋敷から響いた。

「っ! まさか、仲間がまだ!?」

「兵士を多く引きつけ倒してから、指定時間に突入するようにしてたからな」

「ジィーフェ!」

「どうする? リフェ」

 銅色の瞳が、冷たい色に覆われた。

 暗殺を、裏の家業を続けてきた人間の目。笑い合っていた面影のない、乾いた目。

「罪滅ぼしだと思うなら、俺を行かせてくれ」

 言って、ジィーフェは屋敷へと駆け出そうとする。だが、リフェは反射的にその前に立ちふさがった。

「リフェ!」

「ダメだ。行かせるわけにはいかない。ラキを殺らせるわけにはいかないんだ!」

「どけ!」

 打ち込まれてくる杖を大剣で防ぎ、弾かれそうになる足を踏ん張った。

 戦いたくない。たとえ恨まれていても、敵だと言われても、大事な、兄弟になろうとまで言ってくれた彼と、戦いたくなかった。

「俺がやらないと、パメラが死ぬんだ!」

「分かってる。分かってるけど!」

 グッと腕を引かれ、つんのめった体に杖が振り下ろされる。慌てて後ろに飛んだ頬に、杖の先が傷をつけた。

 パメラのことも分かる。ジィーフェが守りたいものだと理解できる。大切な妹だと言っていたから。彼に残された最後の家族だから。

(分かってる。分かってるんだ。でも、ラキはっ)

 彼を大切に思う人達がいる。それこそ、パメラを想うジィーフェのように。

 そして何よりリフェ自身が、彼の行く末に希望を見ているから。ラキアスという人間が作る未来を見てみたいと、支えたいと思っているから。

 罪滅ぼしに自らの命を差し出せと言うなら迷わず差し出そう。けれど、ラキアスを殺させるわけにはいかない。

「俺はっ」

「二つともなんて無理なんだ。分かってるだろう? 知ってるだろう? リフェ!」

 そうだ。分かっている。知っている。切り捨てなければならない。今までやってきたことだ。軍人のリフェ・テンデルがやってきたことだ。できるはずのことだ。


『先輩の「手が届く範囲でたった一つ」しか守れなくなった時、先輩は、何を守りますか?』


「リフェェ!」

「俺は!」

 振り仰いで、駆け出したリフェの目に、膨大な魔力を捻出するジィーフェがいた。あれを屋敷に放たれたら、ラキアスどころか、あの場にいる全員が死ぬ。

 魔法による風圧に押されながらも、リフェは渾身の力を持って走り続ける。

 聞こえてくるのは、巨大な爆発を起こす炎の魔法。純粋な魔術士であるジィーフェに、混血児である自分がどこまで敵うか分からない。それでも止めなければ、と呪文を紡ぐ。

「エクスプロジオーン・アングリフ・フォ・ベフライエン!」

「アウフレッシェン・シュッツ・ヴァ・ベフライエン!」

 相殺の防御魔法を、さらにジィーフェの放った属性とは反対の水で作り上げる。現れた水の防御壁に、ジィーフェの炎が襲いかかる。

 しかし、やはり正統魔術士であるジィーフェの方が強い。突き出した手が、負荷に耐えられずリフェの血管を爆発させていく。

「こんのぉ!」

「くそっ!」

 リフェがさらに魔力を上乗せした瞬間、炎と水が触れ合っていた部分を中心に爆発が起こった。大地すら揺らす爆発は、土煙と水蒸気を巻き上げ、視界をふさぐ。

 リフェはそれを突っ切るようにジィーフェに向かった。命をやり取りする戦闘に際して、反射的に動いた結果だった。

 位置と気配を認知し、リフェは大剣を振り上げる。だが――

「っ!」

 現れた顔を見て、無意識が反射運動を止める。それは『一秒の迷い』と呼ばれるもの。

 戦闘では、生死すら分ける時間。

 ドンッという衝撃が、胸に響いた。

(熱い……)

 そう思った時、リフェの胸は杖によって貫かれ、彼の大剣は、ジィーフェの胸を浅く切り裂いていた。




 爆発を聞いて、ジーンは裏庭へ駆け出した。

 嫌な予感がする。酷く嫌な予感がする。

「リフェ……リフェ!」

 転びそうになりながらも、何とか覚えていた見取り図を引っ張り出し、ただただ走る。

 後ろから足音がついてきている。きっとラキアス達だ。

 裏庭に飛び出して、煙の上がる方向へと足を進める。邪魔な生垣に、全部燃やしたい衝動に駆られた。

 進むごとに生垣がひしゃげていく。争いのあった証拠だ。

 焦る心を落ち着けて、ジーンはまだ煙の燻るそこに飛び出した。

「リフェ!?」

 最初に見えたのは、大きく抉れた大地だった。さっきの爆発に違いない。周りには、事切れた兵士達が倒れている。

 そしてその向こう。まだ微かに土煙が舞う中に、二つの人影があった。

 一人は、魔術士。肩で息をしながら血濡れの杖を持っていて、もう一人は。

「っ、リフェッ!」

 ジーンが叫びに似た声を上げる。それに気づいた魔術士が顔を上げた。

 髪の先を銅色に染め、同じ色のタトゥと杖を持った魔術士。その視線の先に倒れている、リフェ。

「先輩!? っ、てめぇ!」

 追いついてきたラキアスが、状況を把握して魔術士に斬りかかった。敵は素早くフードをかぶると、ラキアスの攻撃を何度か杖で弾き、大地に向かって手を突く。

「アングリフ・エーア・ベフライエン!」

 叫びに呼応するように、次々と大地に尖塔が立ちラキアスに襲いかかる。それをギリギリでかわすと、彼は再度剣を構え直した。だが、もう魔術士の姿はない。

 ジーンは震える足でリフェに近づく。

「おいリフェ、しっかりしろ。リフェ!」

 抱えれば、ぐったりとした彼の姿。海辺に倒れていたあの時よりも、さらに顔色が悪い。

 背を支えた自分の手に、どろりと嫌な感触がある。胸に当てた手を上げて見れば、べったりと赤いリフェの血がついている。

「ふ、ふざけんなっ。起きろこのバホ! なあ、目ぇ開けろよっ。リフェ!」

 何度揺さぶっても、頬を叩いても指先すら動かない。

「リフェッ!」

 空にまで響く悲痛なジーンの呼び声。それに答えを返す声はなく、深すぎる夜の闇に明ける気配はまだ、ない。



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