第三章(4)
荘厳な屋敷の門前、ジーンは緊張しながら受付の女性に招待状を渡した。
彼女は招待状の名前を確認すると、少し目を見開いた。ビクリと肩が動くのを自覚する。
だが、受付嬢はさも作りましたといわんばかりの笑顔で、こちらに招待状を返した。
「はい、ご確認させていただきました。ユーマ・ドル・カイエル様と、御従兄弟のジルマ様ですね。こちらの花をつけてどうぞ中へ」
内心ホッとしながら、ジーンも作り笑いを返した。招待状を懐に入れ、渡された青い花を胸につけてそそくさと屋敷の方へ足を向ける。
ここはサウス統治者の別邸。周りにいるのは、ここぞとばかりに着飾った貴族や軍人の上層部。それに取り入るように似合わない服を着ているのは商人達だろう。
パーティーの本番が始まるまで、この庭が団欒や商談の場になっている。
かく言うジーンと、その隣にいるリフェも正装をしていた。しかも名前も違う。今日だけは万屋のジーンとリフェではなく、貴族のカイエル家の一族だ。
(よくこんな招待状まで手に入れられたな)
ジーンは懐に入っている招待状を手で押さえた。
事務所に帰ってから情報の資料を見ていると、それと一緒にこの交流パーティーの招待状が出てきたのだ。
情報によると、カイエル家というのはサウスにある実在の家名らしい。しかし、二十年近く前に本家が没落。今では、残った分家も庶民と変わらぬ暮らしをしているとか。
その中で一番本家に近い血縁がユーマとジルマの二人。ただ、二人とも十年前にセントラルに移住している。貴族という意識ももうないので、送られた招待状をくすねることもできた、とリュミナが言っていた。
受け付けさえ通れば問題はない。あとは紛れ込めばいいだけだ。権威の薄い貴族など誰も顔を覚えていないだろう。
ちなみに、この衣装を用意してくれたのもリュミナ達だ。リフェなど二時間ぐらい着せ替え人形にされていた。この時ばかりは、自分が地味で良かったとホッとしたものだ。
「さて、と。リフェ、とりあえずグルッと一周してみ……リフェ?」
「え? ああ……そうだね。回ってみようか」
あらぬ方向を見ていたリフェは、言葉をかけられてバッと顔を上げた。声は聞こえていたようだが、この間と様子が違う。リフェは足を速め、落ち着きなく首を巡らせている。
まるで、何かを探しているようだ。
「何キョロキョロしてんだよ。怪しまれるぞ」
「あはは。ほら、俺、今背が低いからさ」
何でもないような素振りと口調。パッと見ただけでは、様子がおかしいことなど分からない。ジーンだって、昨日の南国パラダイスでのことがなければ気づかなかっただろう。
(《銅の呪術師》、か……)
その言葉にリフェは反応した。何かしら関わりがあることは一目瞭然だ。しかし、事務所に帰って問い詰めても『俺に呪いをかけた奴だよ』と無表情に言うだけだった。
(絶対、それだけの関係じゃねぇだろ)
初めて出会った時も、胸の印を見て悲しそうに顔を歪めていた。昨日の様子だって、敵に向けるようなものではなかった。
《銅の呪術師》は、《不可視の死神》と同じぐらい有名だ。ただ、《不可視の死神》リフェ・テンデルと違って、名前も、所属も、まったくと言っていいほど分かっていない。
分かっているのは、いくつもの輪がついた銅色の杖を持ち、同じ色で髪の一部を染めた呪いの天才ということだけだ。
そいつとリフェの関わり。
ジーンは、必死に何かを探すリフェの後ろ姿を見る。余裕のない、辛そうな顔だ。
リフェは話したくないのか。それとも――
(オレになんか、話しても無駄だって……思ってんのか?)
弱いから。頼りないから。
ジーンは、無意識に拳を握っていた。




