第三章(2)
キャイキャイと年頃の可愛い女の子達が騒ぐスイーツ店、南国パラダイス。その一角に、何の因果か男の二人連れが座っていた。
少年、リフェの方は超特大たらいパフェに挑戦中。その微笑ましい食べ方にお姉さま方は夢中だ。対して向かいに座る青年、ジーンはコーヒーを一杯。居心地が悪そうだ。
「ご馳走さまでした」
カランッとスプーンを置いて、リフェは完食。三分もの余裕を残している。
「はぁい、見事チャレンジメニュークリア! コーヒーの御代も要らないわよ」
相変わらずのグラマラスボディでやってくるのは、この店の看板娘リュミナ。ジーンは彼女の姿を見るなり、わずかに頬を染めて俯いた。純粋な青少年だ。
「んっふふ。さてさて、いつもみたく食べに来てくれた常連と、めったに来ない客が同時に来るなんて、何があったのかな?」
ずずいと顔を近づけてくる彼女に、リフェはちょっと身を引いた。
確かに、いつもリフェは一人で来るし、ジーンはほとんど来ない。それもそのはず。今回の目的はパフェではないのだ。
リフェは声を潜ませ、リュミナの耳に囁く。
「情報が、欲しいんだ」
小首をかしげたリュミナは、視線をジーンへと移す。彼も一つ頷いた。
「ふぅむ……情報用チャレンジメニューの難易度上げようかしら。リフェ君がいたら、何度も条件クリアされちゃうわ」
「ごめん」
むっと怒ったように頬を膨らまして、彼女はリフェを睨みつけた。その仕草もどこか可愛いから、謝る方も苦笑してしまう。
そう、この可愛らしく女の子に人気の店が持つ裏の顔。それが情報屋だった。
店主も給仕もダークエルフの里出身。その中のある一派が形成したものらしい。各大陸に支店があり、やはりそこもエルフ族が経営しているスイーツ店だという。
情報を得る方法は一つ。あるチャレンジメニューをクリアすることだ。
店の裏事情を知るのも難しく、情報を求める人と大食漢が同一ではない。しかもチャレンジメニューは助っ人禁止。本当はとても扱いが難しい情報屋らしい。
その分、この店の情報は的確。アフターケアもちゃんとしてくれるという。
「ま、いいわ。お得意さんだしね」
リュミナはピンッとジーンの尖った耳を弾いた。そのまま身をかがめると、今まで見たことのない、妖艶な微笑と挑戦的な目でリフェを見つめる。
「で、何の情報が欲しいのかしら?」
クイッとリフェの顎を指で持ち上げる。もちろん他の客には気づかれないように。
顔は鼻と鼻がくっつくほどの距離。ジーンは真っ赤になって慌てているが、リフェは負けじと笑って見せた。きっと、子供がするような顔ではなかっただろうけれど。
「明日、イーストとサウスの交流パーティーが行われる場所とその見取り図。それからイーストの将軍を狙っている魔術士組織について」
リフェの言葉にクスッと笑うと、リュミナは身を離した。
「ご注文承りました。しばしお待ちを~」
いつもの態度で元気よく言うと、厨房へと入っていく。どうやら情報はあるようだ。
「あれで良かったよね、ジーン」
「あ、ああ……しっかし、リュミナさん全然態度違うし。お前もよく気づいたな、ここが情報屋だって。普通、分かんねぇだろ?」
「まあ、そういう臭いがしたっていうか。何回かスイーツ好きじゃない奴見たしね」
無理をしてチャレンジメニューに取り組む姿は、すごく可哀想だった。
暗殺者から、クローディクス将軍の暗殺計画を聞いて四日。危険をラキアスに知らせようかとも思った。だが、この姿では信憑性もなく、リフェ本人だと確認を取るために一週間は余裕で費やしそうだった。手紙などさらに不審だ。
そこで、リフェはリフェなりに様々な情報を集めてみた。しかしイーストとは勝手が違う。慣れない場所では大した情報が掴めなかった。
だからこそ、最後の頼みとしてジーンを連れてここに来たのだ。
なじみの店ではあるが、なじみの情報屋ではない。裏の世界は時に脆く危険だ。地位がない今のリフェとしてはあまり関わりたくなかったが、そうも言っていられない。
(そう言えば……)
情報収集に必死で、一番気になっていたことを聞けていなかった。厨房を窺っても、リュミナが来る気配はない。まだ時間はありそうだ。
リフェは顔を上げて、ジーンに声をかけた。
「ねえ、気になってたんだけど。ジーンとラキって、知り合いなの?」
暗殺のことを聞いて、ジーンは『ラキアスさん』と親しげに言った。それに、この事柄には報酬もないのに積極的に関わってきている。
「ん……まあ、オレの憧れの人っていうか。お前にも前話しただろ、俺が《シュリュッセル》の一族で、その中でも落ちこぼれだって」
小さく頷いた。
出会ってすぐ、リフェはジーンの呪文が書かれたメモ帳たまたまを見て、その話から彼の出自を聞いた。
一族の中でも能力が弱いこと。召喚獣との契約に一度失敗していること。余談だが、彼の胸には、右肩から左脇腹にかけて大きな傷がある。その時にできた傷らしい。
「一族から除け者にされて、両親からも疎まれて、何してても嫌な視線で見られるから、普段から里にいるのが嫌でよく外に出てたんだ。三年前の、大災害の時もな」
「え? だってあの時ノース大陸は……」
「異常気象のオンパレードだ。吹雪いたり熱くなったり。でも、オレにとったら、それよりも里の中にいる方が嫌だったんだよ」
あの災害の時、外に出ることは最も危険だった。自分から死にに行くようなものだったのだ。
それ以上に嫌だ、と言うからには、ジーンの心はよほど深い傷を負っていたのだろう。
「ま、そんな時に外に出て何もないわけがなくて。雪崩に巻き込まれそうになったんだ。その時助けてくれたのが、チェス様と、兄君のフォル様。んで、ラキアスさんだ」
その時を思い出しているのだろうか、ジーンは嬉しそうだった。いつもの、大人ぶった笑いじゃなく、ジーン本来の笑顔だ。
「オレ達は血も大分薄れてるけど、《ヒメルメーア》の人に会えたのは嬉しかったな。自然と必死に理解しあおうって頑張ってるチェス様は綺麗だった。それに、普通の人間なのにさ、チェス様を守って戦ってるラキアスさんも、かっこ良かったんだぜ」
まるで我がことのようにジーンは胸を張る。
リフェはその時の様子を見ていないけれど、簡単に思い浮かべられた。ラキアスは昔から真っ直ぐで、強く、格好良かったから。
「年はほとんど変わらないのに、自分の意志っていうのをしっかり持ってて、前に進もうとしてる姿がすげぇかっこ良くて。あの人みたいになりたいって、思ったんだ」
だから里を出てきた、とジーンは言う。
彼は今、自分の意志や道を探している最中なのだろう。その目標にラキアスがいるのだ。リフェも他人事ながら嬉しかった。
「あの人は、オレのことなんて覚えてないかもしれないけどな。オレでも何かできることがあるならやりたいんだ。恩返しなんて大層なことじゃない。ラキアスさんは、今死んでいい人じゃないと思うから」
その言葉に、リフェも同意する。
ラキアスはこの先、この世界に必要な人物だ。彼の強さは、イーストだけでなく世界をいい方向へ導いてくれると思える。
だから、守りたい。
「お前にとったら、上司になるんだよな?」
「え? ああ、今はそうだね。でも、後輩っていう印象が強いな。軍学校の一期下で、勉強とか、戦闘方法とか教えたこともあったし」
「へえ……お前が、あの人の」
真剣な目で、穴が開きそうなほど見てくるジーンに、リフェは小首を傾げた。何が言いたいのだろうか。
「お待たせしました!」
いきなり、テーブルの上にドンッとケーキが置かれた。紅茶もついている。
持ってきたのは、言わずもがなリュミナ。
「あ、あの、リュミナさん。オレ達こんな物頼んで……」
言いかけたジーンを制して、リュミナは自分が持っているお盆の裏をコンコンと叩いた。
裏側。
恐る恐る皿を持ち上げれば紙がある。ジーンと一緒に覗き、そっと取り上げると――
「……はずれ?」
丸い可愛い文字でそう書かれていた。
「ちょっと、リュミナちゃん……」
何がしたいの、と顔を上げれば、彼女の目はジーンの鞄に注がれている。しっかりと閉められた鞄が、不自然に膨らんでいる。ジーンは慌てて鞄を開けた。
「これは……」
そこには、いつのまにか紙束が鎮座している。
リュミナは、含んだ笑みを返してきた。
「怪しい魔術士組織について先に一言……危険よ」
静かな声が、その一言に真実味を持たせる。
「サウスが極秘に抱えてる組織でね。私達もまだ深く探れていないところなの。所属しているのは、裏家業で有名な魔術士ばかり。といっても、二つ名や偽名しか分からないけど。そうね、有名どころなら……」
リュミナの目が、リフェを見て妖しく光る。
「《銅の呪術師》」
カシャンっと、甲高い音を鳴らしてカップが揺れた。紅茶が数滴ソーサーに零れる。
「リフェ?」
いぶかしんだジーンの声に、リフェは反応しなかった。
聞こえた二つ名が、耳の奥に残る。嵐の夜に別れ、再会した青年を脳裏に浮かばせる。
未だにこちらを見つめてくるリュミナの目。それは全て知っている、とでも言うように、妖しく光り続けていた。




