寂しいだなんて傲慢ね
叔母であり王妃様の登場。
わたしの可愛いマリア。
ただの姪ではない、実の娘のように愛しい子。
「貴女も、もう16になったのね…」
久々に会ったマリアは、とても美しくなっていた。
意思の強さが、彼女の瞳をきらきらと輝かせている。
「はい、王妃さま。私もついに成人しました」
「あらあら王妃様だなんて……。小さい頃のように呼びなさいな、マリア」
イタズラっぽく言えば、マリアは嬉しそうに笑った。
「ふふっ…ありがとうございます、アメリア叔母様」
マリアの髪を、優しく撫でる。
姉さんにそっくりな、とろけるようなはちみつ色の髪。
アメジストの瞳は、義兄に似たのだろう。
16になったマリアは、幼い愛らしさを残しつつ息を呑むほどの美少女へと成長した。
わたしが愛して、いや、誰もが愛しいと思えるその美しい心は、失わずに。
「マリア、今日貴女を王宮に呼んだのは、成人を祝うだけではないの」
「まあ…わたしなにかしてしまいましたか?」
「いいえ、愛しいマリア。わたしは聞きたいだけよ」
「なにをです?」
きょとりとわたしの言葉を待つマリアの両手を、ぎゅっと包み込む。
「マリア……」
「は、はい」
「お慕いしている殿方はいないのですか?」
「!?」
「あら。何も驚くことではないわ。もう16ですもの、そろそろ婚約ぐらいはしないと」
「こ、婚約…」
マリアは少し悩んだあと、わたしを真っ直ぐと見据えた。
何かを決意したような強い瞳だった。
「叔母様、わたしには目標があるのです。夢なんて言葉で終わらせたくないほどの」
「なんです、それは」
小さい頃から貴族らしくない子だった。
思いやりがあって、身分など気にしない優しい子。
ふわふわとした容姿に似合わない奇抜な行動は、いつだって周囲を仰天させた。
なんでも、8歳の頃には宮廷料理から市民の家庭料理まで習得し、メイド顔負けの家事能力を身に付けたらしい。
それに、マリアが拾った孤児の男……
今や騎士団で知らぬ者などいないだろう。
赤き鬼神と呼ばれる美貌の騎士。
マリアを絶対的な主としているらしい。
というのも、うちの騎士団長や総帥が必死になって国家騎士団に入れようとしているのだが、全くなびかないのだ。
恐ろしく人を惹き付け魅力してやまないマリア。
いったい、どんな目標を持ったのだろう。
「わたし……」
「我が領地に、孤児院を作りたいの」
「……孤児院?」
「はい。世界は今、暗黒時代を迎えています。魔物たちが闊歩して…」
「ええ、そうね。どの国も戦争などする暇がないほど、騎士団は魔物退治にあてがわれているわ」
「そして、どんなにたくさんの騎士たちを動員しても、毎日のように人は死んで行く……」
アメジストの瞳が悲しげに揺れ、長い睫毛が影を作る。
「大人には、魔物退治のための保障や報酬はあります。でも、こんな時代です。無力な子供たちだって、たくさん犠牲になっているわ。でも、たくさんの子供たちが路頭に迷っているのです」
「孤児……確かに国は、魔物討伐をする大人たちにしか手が回っていない状況ね」
「はい。だから、せめて我が領地の子供たちぐらいは、領主の娘である私が守ってあげたいの」
「それがマリアの夢なのね」
「きっかけは、社会の講義だったわ。わたしはどんなに自分の知識が浅いか自覚しました」
「いいえ、マリア。たとえ知ったとしても、普通はそこまで行動しないわ。普通の令嬢は、ね」
間違いない。貴女ぐらいなものよ。
たいていの人間は、その現実に同情して終わるのに。
「8歳の時に、孤児院を作りたいと思ったの。わたしが子供達のマザーになって、愛情や生きるすべを教えてあげよう、って。だからたくさん勉強したの」
ふわりと笑うマリア。とても幸せそうに語っていた。
「だからってメイドの真似事まで…」
「家事や料理は、子供達のためにしてあげたいの。令嬢としてのプライドは捨てなくちゃ」
「まったく、貴女って子は…孤児院を作りたいといっても、わざわざ貴女が孤児院を経営しなくてもいいじゃない。誰かを雇って、あなたは慈善事業としてパトロンになればいいわ」
それでは駄目なのかと聞けば、マリアは、はっきりと答えた。
「確かに、それでも充分に子供達は救われるわ。だからこれは私の自己満足なのよ、アメリア叔母さま。私は…自分にできることならなんでもしたいの」
つまりマリア、貴女は――。
「そのためなら、公爵令嬢としての地位も捨てます」
「マリア……夢を見るのは結構です。しかし、貴族の娘としてあなたには国益となる婚姻を結ぶ義務があるのよ?」
優しいがゆえに甘いところがある。
しかし次の言葉を聞いて、わたしは感心せざるを得なかった。
「それでも、私は自分の手で子供達を育てていきたい。それが、国益になると信じているからです」
「救えるのはほんの一握りの子供たちだけよ。貴女の姉は先日、隣国の第二王子との婚約がきまったでしょう?そのお陰で、我が国はたくさんの利益が生まれたのよ」
「わかっています。でもそれは、姉さんにしかできないことだわ。だって第二王子は、姉さんを愛したのですもの」
「……ともかく、わたしは反対よ。貴女のような地
位も美貌も教養も兼ね備えたうえに性格までいい娘を結婚させないなんて…、国の損失だわ」
「家族はみんな理解してくださいましたわ、アメリア叔母さま」
「わたし今日は、貴女を息子の婚約者にしようと思っていたの」
「まあ!アイザック様とわたしが…」
「嫌かしら?」
「いいえ。でも、…わたしは今までたくさんの知識を得てきました。子供たちを教育するためです。寝床を与えて育てるだけじゃ、もったいないもの。」
「教育は階級のある血筋のみが受けれるのよ?だって市民が読み書きや計算ができても、日常では必要ないもの。それに、やはり市民には難しすぎるんじゃない?勉強なんて」
「わたしたち貴族が、子供のころから教育を受けて役人や大臣になるのと、どう違うのですか?教育をきちんと受けた子供達には、たくさんの可能性があります。きっと貴族の血筋なんて関係なく、できる子はできるの」
マリアの強い意志に、もうなんと言ったらいいのか、分からなくなってしまった。
「公爵令嬢が教師だなんて…、」
「機会と環境を与えられた子供達は、いずれこの国を背負う優秀な人材となります!それがわたしなりの、国への貢献なの。それに、ふふっ…子供が大好きだから」
うっとりと極上の笑みを浮かべるマリア。
「ハァ……。デヴィットは知っているの?あなたが、公爵家の地位を捨ててまで…」
マリアの専属騎士になれなくとも、あの実力ならば、デヴィットはどこからも引っ張りだこなのだ。いくらマリアに拾われ、マリア至上主義だとしても、もしかしたら……
「デヴィットは知っています。それでも、私がただの娘になってもいいって、夢を手伝いたいって言ってくれたの」
「(彼の女神信仰説は、間違いないのね…)いいわ。とりあえずやってみなさいな。でも、私はまだ諦めていません!貴女が20歳になったとき、もう一度うちの息子との婚約を考えていただきますからね!」
「まあ、ありがとうございますアメリア叔母さま!許してくださるのね」
「とりあえずパトロンにはなってあげましょう。私も王妃として協力するわ。ただし、20歳になるまでに、貴女の言う教育とやらに成果がなければ打ち切るわよ」
そして次期王妃になっていただくわ……。
すみません、途中で文が切れていました。修正いたしました。