君が見つめる先にあるもの
デヴィットが騎士団に入るまでのお話。
運命的な出会いから、半年が経った。
あれから俺は、彼女の騎士になるための訓練と講義を欠かさず行い、必死になって身に付けた。
しかし、それ以外の自由時間は全て、マリアのそばで過ごした。
彼女の纏う空気が、そうさせるのだろう。
知れば知るほど、魅力的なひとだった。どこまでもあたたかくて、美しい。
同時に、果てなく人を惹き付け、依存させる危うさすらある。
俺にとってのマリアは、まさに後者だった。
半年前のあの日、ぼろぼろになって打ち捨てられていた俺を救い上げてくれたマリア。
それだけでなく、見返りもなしに屋敷に住まわせ、孤児である俺の愚直なまでの願いすら叶えた。
「貴女の騎士になりたい――…」
彼女はただ、嬉しそうに頷いてくれた。
それから彼女のもとで暮らす毎日が幸福だった。
「デヴィット」
優しげに俺を呼ぶ甘い声が何よりも好きになった。
どんな命令をされようとも、俺は喜んで受け入れるだろう。
「あら、おはようデヴィット」
朝日を浴びた蕩けるようなハチミツ色の髪は、息をのむほど美しい。
やはり彼女はわたしの女神なのだと、改めて思ってしまった。
「ふふっ♪わたしはただの公爵令嬢じゃないのよ?」
貴族なのに飾らない、素晴らしいひとでもあった。
自分の出来ることはなんでもしていた。
ますます彼女を守りたくなった。
些細なことでもいい、彼女の助けになりたい。
「さぁ食べて、デヴィット。こう見えても、料理は得意なの」
生まれて初めて、家庭的な料理というものを食べた。
幼い頃母に捨てられた俺は、ゴミを漁るか、買われた貴族の女の家で冷たい料理を食べるかだったから。
「まぁ、泣かないでデヴィット…」
彼女の手料理はあたたかくて、とても美味しかった。
帰る場所があって、笑い合える愛しいひとがいて、あたたかいご飯がある。
こんな些細な幸せが、ずっと欲しかった。
**********
「ありがとう…マリア…」
半年前のあの日から、全てに感謝せずにはいられない。
この世に生まれ、孤児となり惨めに生きてきた。
だが、全ては君と出逢うためだった。
そう思えるほど、俺はマリアに依存していた。
「もう、半年なのね…」
白魚のような美しい手が、そっと俺の頬に触れる。
出会ってからたった半年で、俺の背は軽々とマリア包み込めるほど成長した。
そしてマリアは、どんどん美しくなった。
「ねぇデヴィット、もし騎士団が辛かったら、」
「マリア」
俺を救い、生きる意味すら与えてくれたこの愛しい手を守るためなら、俺はいかなる努力も惜しまない。
「君の騎士になるためなら、どんな試練でも耐えれるさ」
俺が生きるために身売りをしていた過去を、彼女は受け入れてくれた。
こんな汚れた俺に、躊躇いなく触れてくれた。
だから、
「待っててくれ。騎士団で誰よりも素晴らしい騎士になって帰ってくる」
君にふさわしい騎士になりたい。
「それから、君の夢を手伝わせて欲しい」
君は話してくれた。いつか孤児院を作りたいと。
小さい頃からの夢だったと。
**********
2ヶ月前―――。
「わたし、子供たちを救いたいの」
突然だった。訓練が終わって、マリアと二人でランチをしている時だ。
俺が愛してやまないアメジストの瞳が、不安気に揺れている。マリアは尋ねた。
あなたのような孤児は、街に溢れているの?と。
もちろんだと答えた。令嬢であるマリアは、辛い現実を知った。
しかしそれでも、挫けなかった。
「わたし、孤児院を作るのが夢なの。子供たちを救いたい。そのために、この地位を手放したとしても。だからデヴィット…」
そして次に放った言葉は、いま、思い出すのも辛い。
「わたしの騎士にはならないほうが良いわ」
捨てられる、と思った。
「っ!…いやだ。俺は、……君の騎士になりたい!君以外じゃ意味がないんだ!」
なにもかも。生まれてきた意味すら、君の騎士になるためだと…なのに…!
「でも先生が、あなたはとても優秀だと言っていたわ。貴族じゃない私に使えても、あなたの才能を無駄にしてしまうの……」
「君が令嬢でも王女でも平民でも関係ない!ああ、どうかお願いだ…マリア…」
「……なら、手伝ってくれる?私の夢を…孤児院を作りたいの」
「ついていきます、マリア…あなただけに」
***********
「俺のような孤児を救いたい」
なにより君のそばにいたい。
「ありがとう、デヴィット……騎士団での生活、頑張ってね」
ふわりと笑う君を、刻み込みように見つめる。
「マリア、手紙を書いてもいいか?」
この笑顔を2年も見れないなんて…
「ふふっ。もちろんよ。わたしも書いても?」
「ああ、きっとそれだけで頑張れる気がする」
冗談ではなく。
「じゃあ、たくさん書きます。怪我しないでね?」
「マリアも、無理はしないでくれ」
ふわりとした甘い容姿に似合わず、破天荒なところがあるから心配でたまらない。
「……いってらっしゃい」
君と離れたくない。
だけど、君のそばにいたいから。
「ありがとう、マリア。必ず立派な騎士になって帰る」
そして君のそばで、君の夢を手伝おう。
その年、王立騎士団には伝説が生まれた。
新人騎士のなかに、赤き鬼神がいる、と。
鬼のように強い、赤髪の美しい男だった。
そんな彼の口癖は決まって、
「我が女神に誓って、」らしい――。
騎士団時代のデヴィットも、また番外編で書きます。