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最強聖母伝説  作者: 翡翠
7/23

どこにもない、ここにしかない

デヴィットside



柔らかくて、甘い香りがする――。



デヴィットは、ゆっくりと目をあけた。

あたりを見渡してみる。白を基調とした、あたたかい配色の装飾品が目に入った。


どうやら貴族の屋敷のようだ。

華美すぎず、今まで買われたどの貴族の女よりもセンスのいい部屋だった。


「あの子は…」


もしかしたら、最後に見たあの少女の家かもしれない。

彼女が消えてから、すぐに意識を手放してしまったから、推測でしかないが……


助けに、戻ってくれたのだろうか?

こんな、薄汚れた俺を、助けに――。



「会い、たい、」



もう一度、彼女に触れたい。


記憶に残る彼女は、とてもあたたかくて、清廉なひとだった。

あの優しい手を、今でも覚えてる。

忘れられる筈がない。


生まれて初めて、美しいものに触れたのだから。



ガチャ――…




「!!」


はじかれるように扉に目を向ける。

ゆっくりと、重厚な作りの扉が開かれた。


そして現れたのは、




「あ、起きたのね?」


ふんわりと笑う、あの美しい少女だった。

慌てて上体を起こす。


「っ、ここまで俺を…」

「ええ、あのあとうちの騎士を連れてきて、あなたを運んでもらったの」


助けてくれたのだ。本当に。


俺をあそこに捨てて行った母とは違う。

ちゃんと迎えに来てくれた……彼女は、おれを、




「えっ、ど、どうしたの?どこか痛いの?」

「…?」

「あなた、泣いてるわよ?」

「え」


あわてて頬に触れると、たしかに濡れていた。


「な、なぜ…」


彼女にまた会えた。

彼女は俺を迎えに来て助けてくれた。


嬉しいはずなのに、なぜ…


ごしごしと、乱暴に目をこすっていると、彼女は優しく俺の手を掴んだ。


「ダメよ。そんなに乱暴にこすっちゃ。それに、無理に泣き止まなくていいよ」


泣きたいだけ泣いて、と彼女は笑った。そしてベットに座ってはらはらとなき続ける俺を、優しく抱きしめた。


「っ、」


甘い香りがした。彼女の腕の中は、切なくなるほど甘美だった。


「泣いていいよ。大丈夫、大丈夫だから…」


情ない姿しか、見せていない。

なのに彼女は、変わらず微笑みかけてくれるから。


「ごめっ、」


出会ったばかりのあなたに縋って。

あなたの優しさにつけこんで。

美しいあなたに触れて。


それでも


「見つけてくれて、ありがとう…!」


全てに感謝せずにはいられない。




「これも何かの縁よね。だから、好きなだけここにいていいのよ」


彼女は俺を抱きしめていた腕をそっと離して、今度はふわふわと微笑みながら俺の頭を撫でた。

そのお陰か、少し気持ちが落ち着く。


涙をぬぐって、彼女のアメジストの瞳を見つめた。



「俺は…あなたのそばがいい」


「ふふっ、ありがとう。そうね、じゃあ、うちの使用人として…、」


「ずっとそばにいたい」


「?、ずっと?」


「そう、ずっと。永遠に。使用人になれば、一生あなたのそばにいられるのか?」


「一生だなんて…気を使わなくていいのよ?そんなつもりで助けたわけじゃないから」


「違う」


もう、恩とかの問題じゃない。


あなたのぬくもりに触れたから、俺は……、

あなたなしでは生きられなくなってしまった。





「うーん…そうねぇ。一生共にいるといえば、私の専属騎士かしら?でも、死ぬまで私のもの、ってことになってしまうわよ?」


それだ、と思った。


「ならせてくれ。あなただけの騎士に」


俺は学もないし、卑しい身分だが…それでも、


「そのための努力は惜しまない」


あなたのそばにいる理由が欲しい。

決して揺るがない理由が。


それに騎士になれば、彼女のそばで、一生彼女を守れるのだ。


使用人になってしまえば、恐らく貴族であろう彼女が嫁いでしまうとき、俺は置いていかれるのだろう。

かといって、彼女の伴侶になり生涯を共にするなんて、孤児の俺が願うのはおこがましい。


優しく清廉な彼女を手に入れるなんて…そんな高望みはしない。

望みは、ただひとつ。


「騎士団に入ると、とても厳しい訓練があるのよ?」


ただ、あなたのそばにいたいんだ。

それ以外に気にするものなんてない。だから、


「関係ない」


興味なさげに返せば、彼女はへにゃりと眉を下げて苦笑した。


「そうね、それがあなたの望みなら、いいわ。でも、本当に辛くなったらいつでも言ってね?あなたは自由なの。縛るつもりで助けたんじゃないから」


「……わかっている」


本当は、縛り付けてほしい。


この心臓がいつか沈黙するその時まで、彼女のそばにいたいのだから。


自由を失いたくなくて、俺はあの女の手を振り払った。そしてこの様だ。


でも今は、首輪が欲しいくらいだ。

そうすれば俺は、犬のように彼女から離れないのに……。


優しい彼女は、しないのだろう。




「騎士団の入団試験は半年後にあるわ。それまでうちで勉強しましょう。うちの騎士たちに稽古をつけてもらうの。どう?」


にっこりと彼女が提案してくれた。


「だが、生活費がかかる。迷惑ではないのか…?」

「あら、微々たるものよ。それに、私の騎士になってくれるのでしょう?」

「ああ」


彼女の騎士になる。なんて甘美な響きか。


「俺の全ては、あなたのものだ。騎士になれば、必ずあなたの役に立ってみせる。そしてこれは、俺の心からの望みなんだ。だから、素直に受け入れて欲しい。」


否定しないでほしい。

また俺は、生きる意味を失ってしまうから。





「…わかったわ。ねえ、今さらだけど、名前は?」


「デヴィットだ」


「デヴィット…素敵な名前ね!わたしはマリアよ」


「マリア…」


「ええ」


ふんわりと笑う、美しいひと。


「マリア、本当にありがとう」


生きる意味を与えてくれた。


「ふふ。わたしも。素敵なナイトを見つけたんだもの。神に感謝しなくちゃ」


「……ああ、そうだな」


神などいない。

俺は知っている。


だって、一度も救ってくれやしなかった。

俺を救い上げてくれたのは、



「感謝しても、しきれない」



君だ、マリア。わたしの女神――…。




無口クールな盲信的騎士かもしれない。


それに、お気に入り件数がすごいことになってた。ありがとうございます。こんな作品ですが、よろしくお願いします!

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