寄り添うには遠すぎる
デヴィットside
生きるためには、身を売るしかなかった。
別にそれが不幸だとも幸せだとも思わない。
親のいない無力な子供にできることといったら、それしかないからだ。このスラム街に生きる学のない子供たちにとっては、当たり前の現実だった。
でも、ひとつ幸いだと思うのは、この顔だ。
美形だと女によく言われる。
もし不細工に生まれてたら、客は選べないし、金にならないやつらに抱かれるだけだからな。
この美貌を使って可愛くお願いすれば、貴族のアホな女どもは喜んで俺を買う。
美少年を翻弄している快感が堪らないらしいな。
俺には理解できない。
こんな汚らわしい行為のどこが楽しいのか。
それが生きるための唯一の手段だからやってるだけだ。
じゃなきゃ、やってない。こんなこと。利点があるからしてるんだ。
けど、今日は最高にツイてなかった。
俺を気に入って何度も屋敷に招く、貴族の婦人がいた。はっきりいっていい年した色欲ババァだ。そいつがいたく俺を気に入って、囲おうとか言い出した。まったく冗談じゃない。
親も庇護も家も財産もないんだ。
こんな荒んだ生活で、せめて自由だけは奪われたくなかった。だから拒絶した。すると身のほど知らずと罵られ、部下を使って俺に制裁をくわえた。
そしてご丁寧にも、ボロボロの俺の体を人気のない路地裏に連れ、打ち捨てて去っていった。ガシャン!!と大きな音を立てながら倒れる。血は酷いし、今のでたくさんアザが出来ただろう。
「ああ…」
なぜ生まれたのだろう。
なぜ生きるのだろう。
こんな人生を定め、こんなどうでもいい人間を生み出した神の気が知れない――。そんなことを考えながら、俺はゆっくりと意識を手放した。
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「ねぇ、ねえ、わたしの声が聞こえる?」
ふと、柔らかな声が俺の意識を引き上げた。
誰かが俺の頬を、やさしく両手で包み込む。
なんて柔らかくて、あたたかいのだろう。
「…、ん…」
うっすらと、腫れあがった目を開けてみた。
すると目の前には……
「良かった。死んでないわよね?」
とてもうつくしい少女がいた。まるで春のような、あたたかい笑顔を浮かべる少女。
彼女は女性なのに、デヴィットが知る女のように汚らわしくなかった。清廉なひとだった。
「うん。あのね 、わたしは今から誰かの助けを呼んでくるから 、君は絶対にここから動いちゃダメよ?あ、そ うだ…」
こんな薄汚いストリートチルドレンなんか、放っておけばいいのに。
彼女はいそいそと、カバンから水の入った水筒を取り出して、ハンカチを濡らした。それで俺の顔を優しく撫でるように拭いてくれる。
「あ…」
今まで一人で生きてきた。
だからこんな、優しい触れ合いなんか、しらない。
無意識にうっとりと目を閉じる。夢のように幸せだった。
すると少女がクスクスと笑う。目を開けて少女を見る。
すごく、すごく無邪気に笑っていた。見ているこちらまで、やさしくなれるような、あたたかくて美しい笑みだった。
こんな状況なのに、今の俺には、彼女の全てが特別だったのだ。
彼女の全てをこの目に納めたいと思った。
「さぁ、キレイになったわよ」
ふわりと俺に笑いかける彼女は、まるで遠い記憶にしかない母よりも、母のようだと思った。俺よりも幼い顔立ちの少女の、全てを包み込むようなオーラのせいだ。
「それじゃあ、ここで待っててね?絶対よ?」
「っ、…!」
この存在を、失うわけにはいかないと思った。
今離れれば、一生会えないのではないのかと。
ふと、実の母が、俺をこの場所に捨てた日の光景が浮かんだ。
そして、あの時には感じられなかった絶望が、俺の胸を締め付けた。
だから必死に少女のスカートを握る。まるで、母親に置いていかれまいと、 必死に縋る子供のように。
そんな俺を安心させるように、少女は優しく笑いかけた。
「大丈夫、かならず迎えにくるから。かならず助けにくるから」
縋る手を優しくほどいて、少女はギュッと握りしめた。
そして泥と血で汚れたその手のひらに、羽のような、優しいキスをしてくれた。
「大丈夫よ」
彼女の神秘的な紫の瞳に、希望を見た。
でも怖い、信じたいのに。
だって、こんなにもうつしくて、あたたかい人を知らないから……
もしもこんな俺が、そばにいたいと言えば、彼女は拒絶するだろうか。
次もデヴィット→→→ ←マリア、な話。