ニヒリストの憂鬱
気がつけば、いつも一人だった。
第一王位継承権のある王子。
生まれた瞬間から、それだけが、俺が俺である証だった。
周りには傅く家臣と王妃の座にしか興味のない女ばかり。
俺は、俺を、俺ですら、王でしかないと……
そう、思い始めていた。
信頼のおける人間もいたが、親愛のある人間はいなかった。
唯一母だけは王族らしからぬ性格だったから、気を張ることはなかったが、そんな母の口癖は、いつも決まってこうだ。
「いつか必ず私の愛する天使が、お前に希望をもたらしてくれるわ」
だから、それまで耐えるのですよ。
母はそう言っていつも微笑んだ。
だから幼い頃は、いつも考えていた。
俺だけの天使のことを。
でも天使は現れなかった。気づけば俺は、もう18歳だった。
そろそろ認めるべきなのだろう。
王としての俺に必要なものは、絶対的な権力と政治的手腕のみ。余計な希望など必要なかったのだ。
そんな俺に、母は微笑んだ。
「そろそろ限界ねぇアル。こうなっては、自分から天使に会いに行ってはどう?」
「会うって…人間だったのか…?」
「……天使なんているわけないじゃない。本物だと思ってたの!?」
ケラケラと笑う母を、生まれて初めて殺したいと思った。
「人間の女、か‥‥‥」
「そうですよ?天使のように愛らしく女神のように慈愛に満ちた、次期王妃に相応しい少女!」
と、小さい頃から言われて育ったのだろうか?
これは、見事な勘違い女に育っていることだろう‥‥‥
会えば確実に面倒なことになる。
「母上、申し訳ないが俺は、」
「そうと決まれば善は急げね!明日は私が訪問する予定だったけど、アル、あなたが代わりに行ってちょうだい」
「いや、俺には執務が、」
「あら。これも立派な王の務めよ?チャリティ活動に参加すれば、市民からの支持も集まるというものです」
「チャリティー……?」
ーーーーーーーーーー
貴族の娘ではないのだろう。
馬車に揺られながら、これから会う天使について考えていた。
王妃に相応しいと言うから婚約者候補かと思いきや……孤児院でマザーをしている?
間違いなく貴族ではないだろう。
そんな奇特な貴族の娘がいるわけがない。
しかし王妃である母上に、天使やら女神やらと言わせた女。
「果たしてどんな女か…楽しみだな」
子供の頃から聞かされていた天使。
美しいのか?それとも人格者なのか?
なにをもってして母上から絶大なる支持を得たのか、見ものだ。
馬車は着実に孤児院に向かっていた。