奇跡だから美しい
続きが読みたい!とたくさん言ってくださったので頑張りましたー。あけましておめでとうございます。ことよろです。
肺が、焼けるように熱かった。
「はぁっ…はっ…!」
それでも死ぬ気で走る。捕まるわけにはいかない。
もつれそうになる足を懸命に動かした。
後ろから、奴隷商人達が何か叫びながら追ってくる。
「ああっ!」
こんなときに、つまずくなんて!
いそいで体を起こす。
「っ、たあ…」
しかし足に激痛がはしる。挫いてしまったみたいだ。
「せっかく、逃げ出したのに…!」
もう、逃げられない。
奴隷商人達に再び捕まれば、ただではすまないだろう。
彼等の荒い声が近づいてきた。
「ああ…神様…」
捕まるのは、もう時間の問題だった。
奴隷市場に戻れば何をされるかわからない。きっと、死より恐ろしいことが待っているのだろう。
「だれか…だれかっ…、」
望みなど、なにもなかった。
「わたしをころしてええええええ」
生など、望めなかった。
「それはできないわね」
この場に相応しくない、やわらかな声がした。
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「ねえマリア、これくらいでいいんじゃない?」
カイルは薬草の入った籠を、軽く揺らしてみせた。
こぼれそうなくらいたっぷりと摘まれているのを見て、マリアはきょとりと首をかしげた。
「あらあら。もう摘み終わったの?」
まだ森に来て1時間しかたってないわよ、と驚く。
「うんまあ、薬草の本はぜんぶ暗記していたからね」
あとは必要そうな薬草を摘むだけだった、と何でもないように言うカイル。
「カイルは本当に優秀ね」
「そうかな?」
少し照れて、カイルはマリアから目をそらした。
「ええ。だって私はこの本を見ながらじゃないと出来ないもの」
「?いいじゃないか」
それの何がいけないのか。
「だってお母さんなのに、しっかりしなきゃ…」
「僕は子供じゃなくて右腕だから、頼って良いんだよ」
もっと頼って、依存して、僕なしでは生きられなくなるくらいに……
「あら、だめよ。お母さんを甘やかさないで」
「マリア、僕の生き甲斐を取らないでよ」
「もうっ、お母さんって呼びなさいって何度も……、」
「……マリア?」
「ねえカイル。あっち、なにか騒がしくない?」
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リジーは、いま、夢を見ているのかしら。
「助けに来たのに、殺してなんて言わないで?」
天使が、私の目の前にいた。
とろけるような蜂蜜色の髪が、きらきらと彼女を包みこむ。わたしと同じ菫色の瞳は、慈愛に満ちていて……見るものすべてを恍惚とさせる。
「たすけ、る…?」
天使様が?わたしを?
「ええ。正確には彼が、だけど」
そこではじめて、少年の存在に気づいた。
「ひぃっ」
赤い、瞳!!!!
お父様とお母様を殺した魔物と、同じ、恐ろしい色……
「大丈夫。彼はとても優しい子よ」
嘘だ、嘘だ!
私を見る瞳が、あんなに冷たくて、無機質なのに……
「カイル、彼らを追い払えるわね?」
「はい。あなたが望むなら」
同じ人とは思えないほど、優しい笑顔だった。
魔物のような赤い瞳は、焦がれるように彼女だけを見つめている。
少年が剣を抜く。
それと同時に奴等がこちらに来た。
「クソガキが!!そこをどけ!!」
「邪魔をするなら殺すぞ!」
「おいっ、あの女…」
「ああ、ありゃ高く売れるぜ…」
商人のひとりが厭らしく笑った。
「見るな。彼女が穢れるだろう」
一瞬の出来事だった。
少年がそいつの左目を切り裂いたのだ。
「あ"ぁあぁあ!!!」
赤い瞳が、ぎらりと光った。
「君たちの目も潰してあげようか?」
美しくも冷徹な笑みを、浮かべた……
「おいっ、逃げるぞ!」
「ま、待ってくれよ!」
商人達は恐れおののき、慌ただしく逃げ帰る。
天使様が彼に微笑みかけた。
「カイル、ありがとう」
「大したことないよ。デヴィットに比べれば」
先程の冷酷な瞳は、甘く彼女だけをうつしだす。
「あ、あの、ありがとう……」
「気にしないで。それじゃあマリア、そろそろ帰ろうか」
私を視界にも入れず、彼女の肩にそっと手を添えた。
「そうね、帰りましょうか。あなた立てる?」
「え……」
「まずはうちへいらっしゃい。手当てをしなくちゃ」
「あ、でも、私……」
「ご自宅は遠いでしょう?彼らに浚われたのだし…」
「帰る場所なんて、ありません。両親は魔物に…だから、あの、お返しができないんです」
そういうと、彼女は私の頭をやさしく撫でた。
「なら、私の子になりなさい」
女神のように、清廉な笑みだった。
この日、私は唯一の主と出逢ったのだ。