飛べる鳥は自由なのか
視点が途中で変わります。分かりにくかったらごめんなさい。
「悲しい顔をしないで。その違いは、才能というものなのよ」
そう言ったマリアの、慈愛に溢れた顔が忘れられない。
信じるつもりなんてなかった。
どうせ僕の異常性を恐れて、見捨てるにちがいないと思ったから。
なのにマリアは、僕の予想を裏切った。
どんなに僕が異常であることを示しても、けっして化け物と呼ばなかった。
それどころか、それは特別な才能だと……はちみつが蕩けるような甘い笑みを魅せた――。
「マリア…」
神秘的なアメジストの瞳
花が綻ぶような優しい笑顔
慈愛に満ちた空気
常識をものともしない柔軟な思考
それでいて、あの意思の強さ
なにもかもが、奇跡のように美しいひと。
惹かれずにはいられなかった。
ある種の依存性すら植え付け魅了する、麻薬のような存在。
だからこそ、かたくなに彼女を信じようとしなかったのだろう。
あの日、マリアが僕の異常性を才能だと、平然と言ってのけた日。
僕は、初めて人間になれた。
人間だと、認められた気がしたんだ。
「まさか僕が、こんな“人間”だったとは……」
カイルという人間の全てが、マリアを中心に出来上がってしまった。
彼女の側にいるために、この頭で出来ることはなんだってするだろう。
他人も孤児院も、己の命すらどうでもいい。
マリアの役に立ちたい
マリアに頼られたい
僕だけを頼って
僕だけに笑いかけて
「いつか僕だけのものになればいいのに……」
この感情に、まだ名前はつかない。
*********
カイルの雰囲気が変わった。
来た当初はマリアを警戒し、決して信じようとはしなかったのに。
「マリア、もっと勉強したいんだけど…書庫の本を自由に見てもいいかな?」
今では積極的に、自ら話しかけている。
「ふふっ。いいわよ」
「ありがとうマリア。あ、夕飯の手伝いまでには戻るから」
それと、一緒に行動したがるようになった。
どうもアイツは、「手伝う」という大義名分を覚えたらしい。
それを理由に、マリアにベタベタと……気にくわない。
俺が料理だけは手伝えないのを知っていて、やつは率先して手伝うようになった。
料理器具をうっかり破壊さえしなければ…俺だって…
「あら、気にせず勉強してていいのよ?」
そうだ。引きこもっておけ。
「僕が手伝いたいんだ。……迷惑かな…?」
マリアの前でだけ、表情豊かだ。
今なんて兎みたいに赤い目を潤ませて懇願している。
マリア以外にはありえない光景だろう。
基本的にカイルは、張り付けたような笑顔で俺に接している。
生い立ちゆえか、笑顔で感情を隠すことが癖になったらしい。
まるで能面のように無感情な笑顔だ。
カイルの雰囲気が変わったと言ったが、きっと本質は変わらないのだろう。
皮肉屋で、無感情で、異常なまでに頭がよくて…
目的のためには手段を選ばない冷徹さがある、それがカイルなのだろう。
マリア以外の人間には、だが。
マリアから離れることに対して、極端に怯えている。
ここ数日は決して側から離れようとしない。
カイルの目が妖しく弧を描いた。
ああ、なんて愉快なんだろう。
「俺とは真逆だ…」
女神に焦がれるあまり、鎖につながれることを望んだ俺。
天使に執着するあまり、その羽根を奪いたいと望んだカイル。
どちらにせよ、マリアを傷つけることはできない。
俺もアイツも彼女に救われたから……