悲しいんじゃなくて、疲れただけ
進展遅くてすみません。
「……嘘だ」
こぼれた声は、情けないほど震えていた。
「どうして?同じ赤よ?」
にこにこと笑うこの美しい女を、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。
グッと拳を握って、耐える。
「……違う。この赤は、血の色だ。この色のせいで母は狂い、僕は捨てられた」
からだを起こして、彼女を正面から見上げた。
「こんな化け物まで欲しいなんて。あなたの施設は、見世物小屋なの?」
蔑んだような目を向ければ、彼女は少し、寂しそうな顔をした。
「リコリスでも、血の色でも良いの。ただ、わたし、あなたの赤が好きよ。だから大好きなリコリスの花と一緒にしたの」
「ああ、それはおめでたい考えだ。どうぞお好きに。でも、これだけは変わらない」
なんの苦労も知らない美しいひと。
「この瞳が周りを、僕を、不幸にした。僕は大嫌いだよ。この赤が」
別に悲しいわけでもない。
ただ、疲れてしまった。
「救いの手はいならないよ」
僕の望みはただひとつ。
――この瞳を、永遠に閉ざすことだ。
「僕を哀れだと思うのなら、殺してくれない?」
天使のような美しいひと。
その穢れを知らない白魚のような手が、僕の首を絞めてくれたら……。
どんなに素晴らしいだろうか。
「……」
彼女は、真っ直ぐ僕を見つめた。
そして静かに手を伸ばした。
「死にたいのね?」
柔らかな手が、僕の頬を優しく撫でる。
「うん…、疲れたんだ。悲しみも絶望も孤独も、なにも感じたくない」
すると、彼女は鞄から、そっと剣を取り出した。
女性がよく持つ護身用の小さな剣だ。
「……」
「最後に言いたいことはある?」
「なにも」
異変に気づいた町の何人かが、チラチラとこちらを見ている。
でも、誰も止めない。人間なんてそんなものだ。
目の前の彼女は、どうやら違うみたいだが。
「そう、じゃあ……」
こんな化け物の茶番に、最後まで付き合ってくれた。
「さようなら」
彼女が剣を振り上げた。
しかし、それが降りおろされる直前。
「っ!」
首に、強い衝撃を感じた。
「おやすみなさい」
彼女の甘い微笑みを最後に、僕の意識は沈んだ。
次回は忠犬デヴィットも。お疲れ様です騎士生活。